「人を増やす」ソフトウェア ——マーリン×IAIが映す、自律飛行の現在地

飛行機

遙かなる大空 Vol.84

「人を増やす」ソフトウェア
——マーリン×IAIが映す、自律飛行の現在地

ボストンのスタートアップが、IAIと組んでPart 25貨物機の自律飛行を認証へ。
だが狙いは「操縦室から人を消すこと」ではない。人と機械が、どう並んで飛ぶか——という物語だ。

2026年7月23日、マーリン社が、イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ(IAI)と覚書(MOU)を締結した。Part 25(大型輸送category)の貨物機向けに、AI搭載の自律飛行技術を共同開発・統合・認証する、という内容だ。これにより、同社の「コンドル(Condor)」計画——大型・多人数機を対象とする製品ファミリー——が、貨物機改造市場への参入の可能性を帯びることになる。

ここで見落としてはならない一点がある。マーリンはコンドルを、操縦室の人間を置き換えるものとしてではなく、パイロットの能力を拡張するために”並んで飛ぶ”ソフトウェア(乗員増強ツール)と位置づけている、という点だ。この一語の重みを、順に解いていきたい。

コンドルとは何か——「並んで飛ぶ」ソフトウェア

マーリンは、自律飛行の中核「Merlin Pilot」を大型・多人数機向けに展開したものをコンドルと呼ぶ。飛行中、航空機システムの管理・周囲状況の監視・通信の処理を担う。つまり人の仕事を奪うのではなく、定型的で負荷の高い作業を肩代わりし、人を「判断者」として自由にする——という発想だ。

IAIは、旅客機から貨物機への改造(P2F)で世界をリードし、機体設計・アビオニクス・認証・整備に厚い実績をもつ。マーリンの自律技術に、IAIの認証力を掛け合わせる——それが今回のMOUの狙いである。ただし、これは段階的で拘束力のない覚書であり、市場探索・技術協業・規制準備・機体選定を経て、本格契約と民間認証へ向かう「入口」に立った段階だ。

自律化の「はしご」と、いまの現在地

自律化には、はしごのような段階がある。2人乗務(現在の標準)→乗員増強→eMCO(巡航中は1名)→単独操縦(SiPO)→無人貨物。技術のはしごは、上へ延びていく。だが、それを許すかどうかの規制の地形は、旅客と貨物でまったく違う

旅客側の扉は、いま固く閉じている。2026年2月、米国は連邦法で「商業旅客便は常時、2名の有資格で十分に休養したパイロットを要する」と定めた。これにより、旅客の単独操縦や巡航中1名運航への道は事実上、一世代ぶんふさがれた。欧州でも、EASAが2025年5月の最終報告で「eMCOが通常運航と同等の安全性を示せない」と結論づけ、2027年まで現状を変えないとしている。操縦士組合(ALPA・IFALPA・ECA)も一貫して反対だ。だからこそ、当面の現実的な前線は「旅客の無人化」ではなく、「貨物+乗員増強」にある。マーリンがPart 25の”貨物”を狙うのは、この規制地形の反映なのだ。

なぜ貨物からなのか——IAIという“入口”

貨物は、旅客とは規制も世論も異なり、新技術を段階的に導入しやすい。そこにIAIの強みが噛み合う。旅客機を貨物機へ改造する——その同じ工程で、次世代の自律技術を載せてしまえる。「市場が実際に飛ばしている機体」に技術を差し込む、きわめて現実的な入口だ。マーリンのCEOも、P2F改造を「実運航の貨物機に次世代技術を導入する、またとない機会」と表現している。

⚠ 期待と現実の距離

ただし、今回はあくまで拘束力のない覚書であり、段階的な取り組みだ。Part 25機の自律飛行を民間認証まで持っていく道は、長く険しい。市場の反応も慎重で、発表時にマーリンの株価は下落した。技術のデモと、輸送category機としての認証との間には、まだ大きな距離がある。

自動化の皮肉と、人の役割

ここで、一人のパイロットとして書いておきたい。自動化は、平時のパフォーマンスの底上げには極めて有効だ。しかし、稀で・驚きを伴い・時間の余白がない事象——まさにアップセットやLOC-I(操縦不能)の領域——では、最後に頼るのは人である。そして厄介なことに、自動化が増えるほど、人は手を動かす機会を失い、いざ引き継ぐ稀な瞬間に、かえって鈍る。これは「オートメーションの皮肉」と呼ばれる、古くて新しい問題だ。

だから「増強(augmentation)」という言葉には、正反対の二つの未来が宿っている。人を”薄くする”ための増強か、人を”鋭く保つ”ための増強か。前者は、人を監視役に格下げし、自動化依存(かつて綴った「マゼンタ・ラインの子どもたち」)を深める。後者は、負担を減らしながらも人を判断者として関与させ続け、稀な手動介入に備えさせる。同じ技術でも、設計思想が未来を分ける。

🗾 日本の空から

日本もまた、2030年問題という乗員不足を抱える。だからこそ「効率化=人を減らす」という誘惑は強い。だが、乗員不足の答えは「人を減らす」ことだけではない。「少ない人の力を最大化する」という道もある。

正しく設計された増強技術は、少人数の負担を軽くしながら、同時に技量を保つ味方になりうる。問われているのは、技術があるかどうかではない。設計思想と訓練だ。そしてその訓練の中核に、包絡線を守り、必要なら回復するUPRTがある。

結論

マーリンとIAIの一歩は、「操縦室から人を消す」物語ではない。「人と機械が、どう並んで飛ぶか」を問う物語だ。その答えを決めるのは、コードの賢さではなく、人を鋭く保つ設計と訓練である。自動化へ扉が開くほど、皮肉なことに、“包絡線を守る”人の素養は、いよいよ要になる。

数字は嘘をつかない——UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 合同会社 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考文献
  • Merlin, Inc.「Merlin and IAI Sign Agreement to Advance AI-Powered Autonomy for Commercial Cargo Aircraft」2026-07-23(GlobeNewswire). https://investors.merlinlabs.com/
  • FlightGlobal「Israel’s IAI to explore development of autonomous freighters with US specialist Merlin」2026-07. https://www.flightglobal.com/
  • Air Cargo News/AVweb「Merlin, IAI autonomy for cargo aircraft」2026-07.
  • AIN「Merlin Introduces Condor Autonomy Platform for Large Freighters」2026-05-18. https://www.ainonline.com/
  • ALPA「RCO Update: The Fight to Keep Two Pilots on the Flight Deck」/EASA「eMCO-SiPO Safety Risk Assessment(最終報告 2025-05)」/ICAO 関連ワーキングペーパー.
  • 米連邦法(2026-02):商業旅客便の最低2名乗務義務化に関する各種報道.

※ 本稿は2026年8月3日時点の公開情報に基づく。MOUは拘束力のない段階的合意であり、認証・実用化の時期を保証するものではない。図はいずれも概念図。

#Merlin #IAI #Condor #自律飛行 #貨物機 #Part25 #乗員増強 #eMCO #SiPO #自動化依存 #航空安全 #UPRT #UPRTJAPAN

コメント

タイトルとURLをコピーしました