山の日

飛行機

皆さんこんにちは!

今日は、山の日で祝日です。お盆の帰省ラッシュも今日から本格化しています。

新幹線や飛行機、高速道路を使った車での移動、お疲れ様です。

そんな37年前の帰省のピークの中、痛ましい事故が起こりました。

山の日とは?

山の日とは、『山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する』という国民の祝日

です。しかし山の日は他の祝日と異なり、特別な出来事や明確な由来があったわ

けではありません。山の日が新たに制定されたのは、海の日が国民の祝日となっ

たからです。

2010年に日本山岳協会など山岳5団体が山の日制定協議会を設立します。

2013年の総会で、6月上旬、海の日の翌週、お盆前、日曜日のいずれかを

山の日にする案が出ていました。その中でお盆休みと連続させやすいという利点

から8月12日を山の日とする案が採用されました。しかし、8月12日に、

日本航空123便の墜落事故が発生した日であり、墜落現場が群馬県の御巣鷹山

で、山を連想させるとともに、毎年慰霊祭が行われている事故が起きた日をお祝

いするのは違和感があると言うことで11日に変更されました。

ちなみに海の日は7月の第三月曜日で、今年は7月18日でした。

日本航空123便墜落事故

1985年(昭和60年)8月12日に、日本航空123便、ボーイング747SR

-100型機(通称ジャンボジェット)が群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落しま

した。乗員乗客524人のうち死者520人、生存者は4人でした。単独機の航空

事故の死者数としては世界最多です。

日本航空123便は、羽田国際空港発大阪伊丹空港行の定期便で、お盆の帰省客で

満席の状態でした。羽田空港を離陸して伊豆半島南部の東岸上空にさしかかった頃

機体の後部の圧力隔壁が破損、垂直尾翼と補助動力装置が脱落し、油圧操縦システ

ムを全喪失、操縦不能に陥り墜落しました。

Japan Airlines JA8119.jpg

事故機のJA8119 ウィキペディアより
ユナイテッド航空機生還

事故後、様々な方面で事故の検証が行われました。その4年後にユナイテッド航空

で同様の事故が起こりました。

1989年7月19日、ユナイテッド航空232便はアメリカコロラド州デンバー

のステーブルトン国際空港からシカゴ・オヘア国際空港に向かって飛行していまし

た。機体はマクドネルダグラス社製DC-10でした。離陸から1時間後に尾部の

第2エンジンが故障、操縦不能に陥りました。たまたま非番であった機長が乗って

いました。彼は日本航空123便の事故を踏まえ、同様に油圧系統が喪失したとき

に備えて、フライトシュミレーターでエンジン出力の調整だけで機体を操縦する

訓練を行っていました。そして、実際に彼がスロットルレバー(エンジン出力調整

装置)だけで機体の制御をすることに成功したのです。

近くの軍用飛行場に緊急着陸を試み、接地の衝撃で機体は火災を起こしましたが、

乗員乗客296人中111人が死亡しました。なお、死亡の原因の多くは火災によ

る一酸化中毒死でした。もし、日本航空123便の教訓が生かされていなければ

もっと大きな大事故になっていたでしょう。

まとめ

私は、日本航空123便墜落事故の時は、自衛隊で飛行訓練を行っていました。

たまたま夏休みで帰省しており、テレビで観たニュースは衝撃的でした。

日本航空に入社してからは、毎年この時期に安全啓発センター(羽田空港整備場地区)

に見学に行っていました。この事故で回収した飛行機の残骸や遺品などが展示されて

います。あらためて、飛行機の安全を認識させられます。

この安全啓発センターは一般の人でも事前に予約すれば見学することができます。

JALグループ 安全啓発センター 見学予約サイト - トップページ
日本航空安全啓発センター予約
それでは今日はこの辺で・・・
またお会いできる日を楽しみにしています。

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