皆さんこんにちは!
最後の有人戦闘機と呼ばれたF104、通称スターファイター。日本を始め世界各国で活躍
してきましたが、その高性能さの裏で事故発生率が高かったことなどから、「未亡人メーカー(widowmaker)」という不名誉な俗称が付けられました。
一線から退いた後は、宇宙開発という新たな道を歩んでいます。
「未亡人製造機」と呼ばれた空のレジェンドが、宇宙への扉をこじ開ける。スターファイターズ・スペースの華麗なる逆転の発想

F-104 クレジット: RGB Ventures / SuperStock/ Alamy
フロリダ州ケネディ宇宙センター(KSC)。NASAの聖地であり、スペースXやブルーオリ
ジンといった現代の宇宙企業がしのぎを削るこの場所に、まるで冷戦時代からタイムスリップしてきたような異形の翼が駐機しています。
鉛筆のように細く尖った胴体、カミソリのように薄く短い主翼。 かつて「最後の有人
ミサイル」と呼ばれ、そのあまりの高性能さと操縦の難しさから「未亡人製造機
(Widowmaker)」という不名誉な渾名さえ付けられた超音速迎撃機、ロッキードF-104「スターファイター」です。
なぜ、博物館に飾られているはずのクラシック戦闘機が、最先端の宇宙港にいるのでしょうか?
それは、この機体が単なる展示物ではなく、現役の「商用宇宙船の第一段ロケット」として、新たな使命を帯びているからです。
これを運用するのが、スターファイターズ・スペース(Starfighters Space)。彼らは、
退役した軍用機を活用して、これまでの常識を覆す方法で宇宙開発にアプローチしている、極めてユニークな民間企業です。
今回は、古い「戦う道具」を、未来を拓く「科学の翼」へと変貌させた、彼らの驚くべき「逆転の発想」に迫ります。
退役軍用機の「悲しき末路」と常識
通常、F-104のような高性能軍用機が退役すると、どのような運命をたどるのでしょうか。
一部の幸運な機体は博物館に展示されたり、ゲートガード(基地の門番)として余生を送
ります。しかし、大半は砂漠の「飛行機の墓場(ボーンヤード)」で解体を待つか、あるいはスクラップとしてリサイクルされます。
そして、もう一つ、あまり知られていない重要な用途があります。それは「ミサイルの
標的」です。 最新鋭の対空ミサイルの性能をテストするため、退役した戦闘機(QF-4や
QF-16など)は無人機に改造され、空中で撃墜されるための「リアルな的」としてその生涯を終えるのです。
かつて国の空を守るために造られた最高峰の技術の結晶が、最後は破壊されるために飛ぶ。
これは軍事的な必要性があるとはいえ、航空ファンならずとも少し切ない気持ちになる現実でした。
「古い機体は、もう役立たずだ」。それが業界の常識だったのです。
常識を覆す「逆転の発想」:性能は古びない
しかし、スターファイターズ・スペースの創設者たちは、全く異なる視点を持っていまし
た。彼らはF-104を「古い鉄屑」ではなく、「とてつもないポテンシャルを秘めた、完成
された航空宇宙プラットフォーム」として見たのです。
F-104は1950年代に設計された機体ですが、その性能は現代でも色褪せていません。
マッハ2(音速の2倍)を超える最高速度、そして高度10万フィート(約30km、成層圏の
真っ只中)近くまで上昇できるズーム上昇能力。これほどの速度と高度を達成できる現役の
航空機は、世界中の空軍を見渡してもごく僅かです。
彼らの逆転の発想はシンプルにして強烈でした。
「破壊するために飛ばすのではなく、創造するために飛ばせばいいではないか」
彼らは世界中から退役したF-104(主にイタリア空軍機やカナダ空軍機)を買い集め、
ケネディ宇宙センターを拠点に、世界で唯一の「民間F-104飛行隊」を結成しました。
そして、その驚異的な性能を、商業宇宙開発、特に小型衛星打ち上げの分野に応用しようと考えたのです。
それが、「スターローンチ・プログラム(Star Launch Program)」です。
マッハ2からの空中発射がもたらす革命
「スターローンチ」のコンセプトは、F-104の胴体下や翼の下にロケットを搭載し、それを空中で発射するというものです。
いわゆる「空中発射ロケット」は、他社(例えばヴァージン・オービットのボーイング
747など)も試みていますが、スターファイターズ・スペースのアプローチは根本的に異なります。
彼らは、F-104の最大の武器である「スピードと高度」を最大限に利用します。
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F-104はロケットを抱えたまま離陸し、急上昇します。
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空気の薄い成層圏(高度約6万フィート付近)に到達。
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そこでアフターバーナー全開で加速し、マッハ2の超音速に達します。
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この「超高速・高高度」の状態で、ロケットを切り離し、点火します。
これが何を意味するか、お分かりでしょうか?
地上の発射台から飛び立つロケットは、空気抵抗が最も大きく、重力が最も強い「魔の領域
(大気圏下層)」を突破するために、膨大な燃料を消費します。
しかし、F-104が「再利用可能な第一段ロケット」の役割を果たすことで、搭載される
ロケットは、最も過酷な上昇フェーズをスキップできるのです。
マッハ2という強烈な初速と、すでに大気の大部分を下に置いた高度。この「莫大な位置
エネルギーと運動エネルギーの贈り物」を受け取ったロケットは、地上発射型に比べて、
はるかに小さく、軽く、そして安価に製造することができます。
彼らは、F-104を「空飛ぶ発射台」に変えることで、宇宙へのアクセス価格を劇的に下げようとしているのです。
「未亡人製造機」から「科学の守護神」へ
かつて核ミサイルの迎撃や、冷戦下の緊張の中で飛ぶことを目的に設計されたF-104。
その鋭利な機体は、まさに「有人ミサイル」そのものでした。
しかし今、スターファイターズ・スペースの手によって、その役割は180度変わりました。
彼らはロケット発射だけでなく、超音速域での科学実験、新型ジェットエンジンのテスト
宇宙飛行士の訓練支援など、多岐にわたるミッションを請け負っています。かつて恐れられ
たそのスピードは、今や科学技術の発展を加速させるための貴重なツールとなっています。
退役軍用機を「標的」として使い捨てるのではなく、その比類なき性能を再評価し、最先端
の「商用宇宙ビジネスのブースター」として蘇らせる。
スターファイターズ・スペースの取り組みは、単なるリサイクルではありません。それは
技術に対する深い敬意と、既存の枠にとらわれない柔軟な思考が生み出した、最もクールで
サステナブルなイノベーションと言えるでしょう。
ケネディ宇宙センターの滑走路から、轟音とともに銀色のF-104が飛び立つとき、それは
冷戦の遺産が、未来の宇宙開発を背負って翔ける瞬間なのです。古き良きジェット時代の
ロマンが、ニュー・スペースの最前線で輝いている光景には、胸を熱くせずにはいられません。


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