皆さんこんにちは!吉川哲也です。
先日、航空専門誌AINに興味深い記事が掲載されました。米国スタートアップ「Navi AI」が、フライト訓練のデブリーフィング(事後振り返り)をAIで自動化するシステムを開発し、エンブリー・リドル航空大学など主要な飛行訓練機関への導入を始めたというのです。
飛行訓練の世界に、AIがついにやってきた。これは本当に大きなニュースです。でも今日は、このAIニュースを入口にして、私が40年のフライトキャリアで感じてきた「訓練の本質」について話したいと思います。
■ Navi AIとは何か——「訓練版フライトレコーダー」の誕生

Navi AIは、訓練飛行から複数のデータポイントを収集し、各セッションがどのように進行したかをパイロットとその教官に包括的に提示します。
Navi AIは機体に小さなオレンジ色のボックスを搭載し、飛行中のコックピット音声、航空管制との交信、飛行データ(高度・針路・ピッチ・エンジン温度など)をすべて記録します。
AIはこれらを統合して分析し、「この操作は正しかった」「ここがこう違った」という具体的なフィードバックをフライト直後に自動生成します。学生はその夜、自宅でいつでも自分のフライトを「見直す」ことができる。
インストラクターは「AIのレビューを確認してから学生に送る」というステップを踏むため、人間が必ず介在します。AIが独断で評価するのではなく、インストラクターの判断を補佐するツールとして機能するわけです。
すでにSling Pilot Academyでは年間5万5,000時間以上のフライトデータを蓄積。米空軍のテストパイロットスクール(エドワーズ空軍基地)でもT-38のフリートへの適用が進んでいます。
これは「パイロット版FOQA(飛行品質保証)のステロイド版」とも言われています。データから感情を排し、客観的な改善点を提示できる——これは確かに革命的です。

各訓練飛行後、教官と訓練生は飛行中の出来事を再生し、さらなる注意が必要な箇所を特定できる。(Navi AI)
■ デブリーフィングは「命綱」だった
自衛隊時代、デブリーフィングは神聖な時間でした。飛行後、必ずハンガーに全員が集まり、そのフライトで何が起きたか、何がよかったか、何が危なかったかを徹底的に話し合う。階級に関係なく、若い学生パイロットも発言できる、数少ない場でした。
民間航空に転職してからも、CRM(クルー・リソース・マネジメント)の観点からデブリーフィングの重要性は変わりませんでした。チェック飛行の後、審査官から1時間かけてフィードバックをもらった経験は、今でも血肉になっています。
AIによるデブリーフィングが「いつでも・どこでも・客観的に」振り返りを提供できるなら、それは素晴らしいことです。特にインストラクター不足が深刻な現代、一人の教官が多くの学生を見なければならない状況では、AIが時間的制約を補ってくれる。
デブリーフィングの質が上がれば、次のフライトへの準備の質も上がる。これは学習の好循環です。
■ しかし——私が最も重視するのは「飛ぶ前」だ
ここから先は、私の持論です。
デブリーフィング(振り返り)はもちろん重要です。でも私は長いキャリアを通じて、訓練の本質は「飛ぶ前にどれだけ具体的にイメージできるか」にあると確信しています。
航空の世界では「イメージフライト」という言葉があります。文字通り、頭の中で飛ぶことです。離陸から着陸まで、あらゆるシナリオを脳内でリアルにシミュレートする。
イメージフライトとは何か
機体のコックピットをリアルに思い浮かべます。エンジン始動の音、操縦桿の感触、計器の配置。離陸滑走中の速度感覚。ローテーション(機首上げ)の瞬間。上昇中の姿勢と出力管理。そして——もし計器が異常を示したら? エンジンが止まったら? 視界が突然悪化したら?
この「もしも」のシナリオを事前にいくつも描いておくこと——これが実際に空でパニックにならないための唯一の準備です。
私が戦闘機に乗っていた頃、夜間の計器飛行前は1時間のイメージフライトが当たり前でした。民間に転職してからも、難しいアプローチをする前日は必ずチャートを広げ、頭の中で何度も飛びました。
AIデブリーフィングとイメージフライトの関係
Navi AIが優れているのは、「何が起きたか」を完璧に記録・分析することです。でも「次はどうするか」を本当に体に染み込ませるのは、人間の脳が行うイメージトレーニングしかない。
理想的な訓練サイクルはこうです。
- 前日夜:イメージフライトで今日のシナリオを想定する
- フライト当日:ブリーフィングで具体的な計画を共有する
- フライト中:計画通りに、そして予期しない事態に対応する
- フライト後:Navi AIのデータ+インストラクターのフィードバックで振り返る
- その夜:振り返りをもとに「次のイメージフライト」をより精緻にする
AIは3・4番目のステップを強力にサポートしてくれる。でも1・2・5番目は、今も昔も人間の仕事です。想像力は、テクノロジーに委譲できない。
■ UPRT JAPANで目指す訓練のかたち
私が設立を準備しているUPRT JAPANでは、このサイクルをそのまま訓練設計に組み込みたいと思っています。
異常姿勢からの回復訓練(UPRT)は、まさに「体験したことのない感覚」を事前にイメージし、実機で体験し、徹底的に振り返ることで完成します。AIデブリーフィングのような先進技術も積極的に活用したい。でも最終的に「操縦桿を握るのは人間」である以上、人間の想像力と判断力を鍛えることが中心です。
テクノロジーは訓練を「効率化」する。でも訓練の本質を「深化」させるのは、飛ぶ前の1時間の静かなイメージフライトだと、私は今でも信じています。
皆さんはどんな「準備の習慣」を持っていますか?パイロットに限らず、どんな仕事・スポーツでも、事前のイメージトレーニングは威力を発揮します。ぜひコメントで教えてください!
参考:AIN「AI Deployment Aims To Maximize Flight Training Debriefs」(2026年3月24日)
参考:Aviation Week「Opinion: AI Enhances Pilot Training With Supercharged Debriefings」
吉川哲也 / 元航空自衛隊戦闘機パイロット・現役民間航空機パイロット・UPRT JAPAN設立準備中
ブログ「遙かなる大空」 / YouTube「吉川空塾」(準備中)



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