どこで間違え、どこへ向かうか ——LSAと、「地形を活かす訓練環境」という最適解

LSA 軽スポーツ航空機

遙かなる大空 Vol.111【後編】

どこで間違え、どこへ向かうか
——LSAと、「地形を活かす訓練環境」という最適解

前編は「なぜ海外委託に至ったか」。後編は、私の提言です。日本の空は、日本の手で豊かにできる。

前後編の後編です。 【前編】では、航大の海外委託に至った「目詰まりの構造」と、天候・空域・騒音・住宅密集という日本固有の制約を見ました。 【後編・本稿】では、どこで間違えたのか、LSA/MOSAICが広がらない理由、そして最適解を提言します。

この記事の要点(約6分)
  • 養成の目詰まりは「少数の入口に需要が殺到する構造」から。入口を増やし裾野を広げるしかない。
  • LSAは切り札だが、日本は制度が追いつかず「主要国で唯一 普及していない国」。ここに現代化の余地。
  • もう一つの鍵は「地形を活かす訓練環境」。南北に長い日本の四季と気候を、リスクでなく”教材”に変える。

前編では、航空大学校が海外委託に至った背景を、天候・空域・騒音・住宅密集という「日本の宿命」にまで降りて見てきました。海外委託は、その現実に即した合理的な一手であり、日本の養成が長年頼ってきた道への合流でもある——そう述べました。

では、後編です。ここからは、私の提言を語らせてください。問いは3つ。①そもそも、どこでボタンを掛け違えたのか。②なぜLSAは日本で広がらないのか。③そして、私たちが目指すべき最適解とは何か。とりわけ最後に、あなたにお伝えしたい独自の視点があります。日本の地形と気候を、「リスク」ではなく「強み」に変えるという発想です。

どこで、ボタンを掛け違えたのか

日本の養成が抱える弱さは、私は3つの構造的な掛け違えにあると考えています。第一に、自社養成への依存。大手が自前で囲い込む形が中心で、景気に応じて採用が大きく上下する。育成の波が激しく、安定した供給網が育ちにくい。第二に、公的養成の細さ。公的な柱が航空大学校ほぼ一つに集中しているため、そこが詰まれば全体が滞ってしまう。一点集中の、もろさです。

そして第三に、裾野の薄さ。GA(一般航空)——趣味や地域から気軽に空へ入っていく世界——が細く、パイロットになる母集団そのものが小さい。この3つが重なって、「少数の入口に、大量の需要が殺到する」構造ができあがりました。だから需要が急増した今、一気に目詰まりする。裏を返せば、答えははっきりしています。入口を増やし、裾野を広げること。ここに、LSAが効いてくるのです。

なぜ、LSAは日本で広がらないのか

安く空の裾野を広げる切り札のはずのLSA(軽スポーツ機)。ところが、驚くべきことに、日本は主要国の中で唯一、LSAが普及していない国だと言われてきました。理由は明快です。日本の航空法には、長らく「LSA」という区分そのものが存在しなかったのです。2022年末にようやく飛行許可の道が開かれましたが、その扱いは「研究開発用・実験機」にとどまり、専用の免許制度が新設されたわけではありません。

壁は3つあります。①制度の壁:実験機扱いのため、実任務での活用に制約が残る。②国産の壁:対象が米国(ASTM)や欧州の規格に限られ、日本で作った機体が認められにくい。第三に③文化・環境の壁:GA文化が薄く、飛ぶ場所も整備網も仲間も乏しいため、需要も供給も育ちにくい。つまり、「機体が悪い」のではなく、「受け入れる仕組み」が追いついていないのです。米国がMOSAIC(LSAの大幅拡大)で前進する今、日本に問われているのは、機体ではなく制度の現代化です。逆に言えば、ここを変えれば、裾野は一気に広がる余地がある。

「日本の多様な気候は、訓練の敵ではない。使い分ければ、世界に誇れる教材になる。」

リスクを、強みに変える——地形を活かす訓練環境

ここからが、私がいちばん語りたい提言です。前編で、天候と空域を「日本の宿命」と呼びました。でも、視点を変えると、風景はまるで違って見えてきます。日本は、南北に長い島国です。温暖で、四季があり、地域ごとに実に多様な気候を持っている。北(北海道・東北)は冬に雪、南(南九州・沖縄)は夏に台風や梅雨。これらは確かに、一つの土地に留まる限り「訓練のリスク」です。

しかし——季節ごとに「飛べる土地」へ移ればいいとしたら、どうでしょう。冬は温暖な南で飛び、夏は好天の北で飛ぶ。春秋は安定した本州中部を軸にする。南北に長い日本だからこそ、季節と地域を組み合わせれば、国内で一年中の訓練が成立するのです。私はこれを、季節に応じて拠点を移す「渡り鳥」方式と呼んでいます。年間の飛行可能日数を、国内で最大化する発想です。

さらに踏み込めば、悪天候さえ「実地の教材」に変えられます。北の冬の雪・寒冷・低視程は、着氷や悪天候対応を”本物”で学ぶまたとない機会。南の島嶼間の飛行は、洋上航法を鍛える。中央の山岳と平野は、多様な地形の読み方を教えてくれる。晴れた日の基礎訓練だけでは、決して身につかない力です。日本の多様な気候は、使い方次第で、世界に誇れる「総合訓練環境」になりうる。これは、私のニセコ+仙台の二拠点構想の、根っこにある思想でもあります。

最適解——人・環境・制度の三位一体

私の考える最適解は、「人・環境・制度」を三位一体で立て直すことです。①人:LSAのフライトスクールとフライングクラブで、安く広い入口をつくり、あわせて教官の育成にも投資する。パイロットも整備士も、ここから育てる。②環境:先ほどの「地形を活かす分散拠点」で、国内の飛行環境を最大限に使い切る。リスクを強みへ。③制度:LSAを正式に位置づけ、国産機の道も開き、空域と規制を現代化する。受け入れる仕組みを整える。

そして、この三つを横につなぐのが「日本版EAA」です。各空港に拠点をつくり、飛ぶ人・作る人・支える人が集う。地域が主役の、分散型ネットワーク。前回(Vol.110)お伝えした、仙台の同志が描く構想と、ぴたりと重なります。海外委託は、あくまで「時間を稼ぐ策」だと私は思います。それ自体は否定しません。むしろ賢い一手です。けれど、その間に国内の土台を築かなければ、私たちはいつまでも海外に頼り続けることになる。日本の空を、日本の手で豊かにする。それこそが、本当の意味での自立ではないでしょうか。

結論——前後編を通して

航空大学校の海外委託は、日本の地理と構造が生んだ、必然的で合理的な一手でした(前編)。しかし、それは対症療法にすぎません。根本の解は、人を育て、環境を活かし、制度を整える——この三つを、国内で同時に動かすこと(後編)。とりわけ私は、日本の多様な気候と地形を「リスク」から「強み」へと転換する発想に、大きな可能性を感じています。雪も、台風も、山も、海も、すべては未来のパイロットを鍛える教材になる。この国には、世界に誇れる訓練環境の素材が、実はすべて揃っているのです。海外の広い空を借りて時間を稼ぎながら、その間に、日本の空の土台を、私たちの手で築いていく。それが、私がこの連載で問い続けてきた「人を育てる」という仕事の、次の一歩です。

数字は嘘をつかない——UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 合同会社 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考
  • LSAの日本での扱い:航空局サーキュラー「研究開発用航空機等の試験飛行等の許可について」(2022-12-26、研究開発用航空機・自作航空機・LSAの総称)。日本は主要国で唯一LSAが普及していない国とされ、扱いは実験機に留まり、対象は米ASTM/欧州規格。LSA基本仕様(陸上最大600kg、水平最大速度120kt CAS、失速45kt CAS 等)。出典:乗りものニュース/JAPA資料等(2022〜2023).
  • 米国MOSAIC(LSAの大幅拡大、失速速度基準への転換等):本連載 Vol.102。日本の養成構造(自社養成・航空大学校・私立大)と2030年問題:Vol.107、および前編出典.
  • 日本の地理・気候(南北に長い国土、四季、地域別の気象特性)に基づく訓練環境の考察は筆者の提言。関連:Vol.110(日本版EAA・二拠点構想).

※ 本稿は2026年9月時点の公開情報に基づく筆者の論考・提言である。制度・規格の詳細は今後変わりうる。特定の機関・企業・制度を一方的に評価する意図はない。図はいずれも概念図。

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