大学が、空飛ぶ機体を作った
——シンガポール国産eVTOLと、人を育てるということ
学生たちの手で、設計から飛行まで。これは機体の成功であり、人を育てた成功でもある。
- シンガポールのNTU(南洋理工大学)が、国産初のeVTOLの飛行試験を完了(2026年7〜8月・独DLRで)。
- 翼幅8mと3mの2機を、20名超の学生・卒業生が中心となり設計・製造・飛行。高度92m・速度120km/h。
- 難所は「垂直→水平」への遷移。乗り越えた経験は、機体だけでなく「人」という財産を残した。
今日は、思わず胸が熱くなるニュースをお届けします。シンガポールのNTU(南洋理工大学)が、自国で初めて設計・製造・飛行させたeVTOL(電動垂直離着陸機=空飛ぶクルマの一種)の飛行試験を完了した、というのです。しかも、その中心を担ったのは——20名を超える学生と卒業生でした。
試験は2026年7月から8月にかけて、ドイツの航空宇宙研究機関DLRの試験場で行われました。翼幅8mと3mの2機の実証機が、合わせて約40回の飛行を実施。高度は約92m、速度は約120km/hに達しました。旅客用ではなく研究用の機体ですが、これは「国産初」の歴史的な一歩です。そして私は、この出来事に、いまの日本にとって大切なヒントが詰まっていると感じています。

南洋理工大学HPより
どうやって飛ぶのか——2つの顔を持つ機体
この機体の面白さは、2つの飛び方を切り替えるところにあります。まず、翼に付いた8つのローター(回転翼)で、ヘリコプターのように垂直に浮き上がる。滑走路は要りません。そして前進しながら、浮く力を少しずつ翼へと受け渡し、最後は後方のプロペラで、飛行機のように水平に飛ぶ。こうすると長距離を省エネで飛べます。
いちばんの難所が、この「垂直から水平への切り替え(遷移)」です。この瞬間、推進力も、空気の流れも、機体の安定も、一瞬ごとに変わります。飛行制御が絶えず調整し続けなければ、たちまち姿勢が乱れる。ここを乗り越えられるかどうかが、eVTOL開発の一つの関門なのです。学生たちは、その難所を、実機で乗り越えてみせました。
「最も難しいのは技術ではなく、チームを一つの目標へ導くこと。」——指導教授の言葉
機体を作る経験が、人を育てる
私がこのニュースに強く惹かれるのは、これが単なる「新しい機体」の話ではないからです。学生たちは、空力設計から、構造、推進、電気統合、アビオニクス(電子機器)、そして実機の飛行試験まで——航空機開発の全工程を、一気通貫で体験しました。これほど濃密な学びは、教室の中だけでは決して得られません。
指導したジェームズ・ウォン教授は、印象的な言葉を残しています。「最も難しいのは、多くの場合、技術ではなく、チームを一つの目標へ向かわせ、”1+1を3にする”ことだ」と。開発チームには、11か国の仲間が集まったといいます。技術を学び、協働を学び、やり遂げる力を身につける。これは、「機体の成功」であると同時に、まぎれもなく「人を育てた成功」なのです。
日本へ——大学発の航空イノベーション
この構図は、日本にとっても他人事ではありません。私が関わるHIEN(法政大学・御法川教授)のハイブリッドeVTOLへの挑戦も、まさに「大学発の航空イノベーション」という同じ土壌に立っています。大学が、研究と教育を両輪に、新しい空を切り拓く。そのプロセスそのものが、次世代の技術者を育てる最高の教材になる。
私はこの連載で、繰り返し「空の裾野を広げる」ことの大切さを書いてきました(Vol.102、Vol.107)。裾野とは、飛ばす人だけではありません。機体を作る人、支える人——そのすべてを含みます。シンガポールの学生たちが示したのは、「空を育てるとは、機体を作ることであり、人を育てることでもある」という、シンプルで力強い真実でした。
一機のeVTOLが飛んだ、という以上に、私はそこで育った若者たちの未来に、大きな希望を感じます。彼らはこれから、世界の航空を担っていくでしょう。空を志す人を育て、その手に確かな翼を渡すこと——それは国を越えて、私たちみなの願いです。日本もまた、大学から、現場から、若い才能を育て、新しい空へと送り出していきたい。飛ばす人、作る人、支える人。その裾野を広げることこそが、未来の空をつくるのだと、私は信じています。
数字は嘘をつかない——UPRTは『あれば良い訓練』ではない。
吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)
エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 合同会社 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)
- NTU Singapore 公式発表「NTU’s homegrown electric aircraft takes off in Germany」2026-08:国産初のeVTOL(研究実証機、旅客用ではない)、8m/3m翼幅2機、独DLR(Cochstedt)で7〜8月に飛行試験、高度92m超・速度120km/h超、遷移飛行、11か国のチーム、James Wang教授。
- FlightGlobal「Singapore’s homegrown eVTOL completes flight testing」2026-08-25、The Straits Times / Urban Air Mobility News / Mirage News 各報道(飛行回数・飛行時間・遠隔操縦2名体制・8ローター+プッシャー構成等).
- 関連:本連載 Vol.107(人材育成)、Vol.102(空の民主化)、Vol.101(電動機)。ICAO Doc 10011(UPRT).
※ 本稿は2026年8月27日時点の公開情報に基づく。数値・仕様は各報道・大学発表に基づく概要であり、今後変わりうる。図はいずれも概念図。
#eVTOL #AAM #シンガポール #NTU #空飛ぶクルマ #航空教育 #人材育成 #大学発イノベーション #電動航空機 #UPRTJAPAN



コメント