「競争から協調へ」 — 25年ぶりの構造転換 —

飛行機

UPRT JAPAN INITIATIVE — INDUSTRY REFLECTION Vol.6

「競争から協調へ」
— 25年ぶりの構造転換 —

— なぜ国は今、方針転換を強いられたのか。
国内線低迷、インバウンド偏重、中堅乱立、そしてLCCの行方 —

執筆:UPRT JAPAN INITIATIVE 代表 吉川 哲也(現役エアラインパイロット)
公開日:2026年5月29日


1. はじめに——2026年5月22日、日本の航空業界の転換点

2026年5月22日、国土交通省航空局(JCAB)は、「国内航空のあり方に関する有識者会議」第6回会合を開き、約1年間の議論の結論となるとりまとめ報告書案を提示しました。一週間程度をめどに正式公表される予定です。

その内容は、控えめに言って「日本の国内航空業界の25年史を、根本から書き換える」ものでした。1990年代の規制緩和以降ずっと続いてきた「競争による国内航空ネットワークの拡充」という基本方針が、ついに転換されたのです。

新しいキーワードは——「競争から協調へ」。
これは単なるスローガンではない。日本の航空業界が直面する構造的な現実が、この方針転換を強いた。本記事では、現役エアラインパイロットとしての視点から、なぜ今この転換が必要となったのか、そしてその先に何が待っているのかを、丁寧に読み解いていきたい。

昨日公開した「処分の繰り返しが、解決をもたらすのか」というブログでは、JAL飲酒問題を起点に「規制強化スパイラル」の問題を論じました。本日は、その反対側の物語——規制緩和(協調へのシフト)が同時に進んでいるという、日本の航空業界の二面性について書いてみたいと思います。


2. 国交省が方針転換を強いられた、5つの構造的理由

国交省はなぜ、25年前のロジックを捨てたのか。その背景には、避けて通れない5つの構造的現実があります。

理由① ——国内線の「実質赤字化」

最も衝撃的なデータから始めましょう。2024年度、日本の国内航空主要6社の国内線事業は、実質的に赤字に転落しました。これはコロナ禍からの公的支援を除いた、純粋な事業損益ベースでの話です。

指標 現状
ANAホールディングス(2023年度) 全路線の約58%が赤字(コロナ前の20%増)
JALグループ 国内線営業利益はコロナ前比で大幅減、公的支援がなければ実質赤字
ビジネス客需要 コロナ前比で76%までしか回復していない(高単価客の流失)
燃料費・整備費・機材費 2018年度から20%以上の上昇(円安・物価高の直撃)
公的支援 2026年度(来年度)で終了予定

ANAの井上慎一社長は、国交省の有識者会議で次のように発言しています——「極限までコストを削減したとして、国内線をコロナ以前の収益性に回復させることは自助努力だけでは不可能だ」。これは、業界トップが国の場で「もう競争による解決は無理だ」と公式に宣言した、極めて重い言葉です。

理由② ——「ドル箱路線」幻想の崩壊

かつて「ドル箱路線」と呼ばれた羽田発着路線でさえ、収益性が大きく低下しています。理由は明白です——新幹線網の拡充

東京〜大阪(東海道新幹線で2時間半)、東京〜仙台(やまびこで1時間半)、東京〜広島(のぞみで4時間)、東京〜金沢(北陸新幹線で2時間半)——これらの路線で、航空会社は新幹線に対して時間・価格・利便性のすべてで不利な状況に陥っています。さらに2030年予定の北海道新幹線札幌延伸は、東京〜札幌という日本最大規模のドル箱路線さえも脅かします。

フランスでは政府が、「列車で2時間半以内に到達可能な都市間の航空便を禁止」しました。日本ではここまで踏み込んでいませんが、国交省の有識者会議では「航空会社と新幹線のコードシェア」という選択肢が真剣に検討されています。これは2020年代初頭には誰も想像しなかった発想です。

理由③ ——インバウンド需要の「偏った恩恵」

ここが本記事の核心の一つです。「日本は今、空前のインバウンドブーム」「JALもANAも過去最高益」——確かにそうです。しかし、その恩恵は国際線にのみ偏っており、国内線にはほとんど波及していません

セグメント 2024年度の動向
国際線(インバウンド) ⬆️ 大幅黒字(円安効果+訪日客急増)
国内線(ビジネス) ⬇️ 大幅減少(オンライン会議の定着)
国内線(地方旅行) ➡️ 横ばい(インバウンドは新幹線・バスを選択する傾向)
地方〜地方路線 ⬇️⬇️ 深刻な赤字(人口減少・需要構造変化)

つまり、JALやANAが「過去最高益」を出しているのは国際線のおかげであって、国内線は逆に深刻に悪化している、という「同じ会社の中の二極化」が起きています。さらに、国際線を持たない中堅航空(AIRDO・ソラシド・スターフライヤー)は、インバウンドの恩恵をほとんど受けられないという、構造的に厳しい立場に置かれています。

理由④ ——なぜ訪日客は地方路線に来ないのか

「日本に来る外国人観光客に、地方路線を使ってもらえばいいのでは?」——多くの方がそう思われるはずです。実際、政府もそう考えています。しかし現実は、訪日客の多くが新幹線・レンタカー・観光バスを選ぶ傾向にあります。理由は3つあります:

JR PASS の存在

7日間で約5万円のJR PASS は、新幹線乗り放題。空港まで行って航空券を別途買う合理性が、訪日客には見えにくい構造になっています。

地方空港の英語対応の脆弱性

地方空港のサインや案内、ターミナル機能は、訪日客の利便性を十分に確保できていない場合が多い。新幹線は駅員に英語が通じる確率が高く、初めての訪日客でも使いやすい。

商品化の遅れ

海外OTA(Online Travel Agent)上での「東京→地方→東京」という空路ベースの周遊商品が、まだ十分に揃っていません。これは航空会社のマーケティング課題でもあります。

理由⑤ ——海外パイロット争奪戦と「2030年問題」

そして本ブログでも繰り返し触れてきた、日本の「2030年問題」。約5,000人のパイロット不足が予測される一方、海外エアラインは年収4,000万円規模で日本人パイロットを引き抜きにかかっています。これは中堅航空会社にとって、特に深刻です。大手2社と同じ給与水準を維持できない中堅各社は、人材流出のリスクに常時さらされています。

つまり、機材も乗務員も足りない、燃料費も整備費も上がる、需要は新幹線に流れる、公的支援も終わる——という五重苦が、25年前のロジック「自由競争で各社が伸びる」を、完全に成り立たなくしているのです。


3. 国交省の「とりまとめ案」——何が変わるのか

では、2026年5月22日の有識者会議とりまとめ案で、具体的に何が変わるのか。主要な3点を整理します。

転換①

大手→中堅への出資規制を撤廃

これまで「中堅航空への新規就航を促す」という名目で、大手から中堅への出資は実質20%までに制限されていました。これを撤廃。M&A・経営統合の選択肢が一気に広がります。ただし20%を超える場合は羽田発着枠を一定範囲で回収・再配分するという条件付きです。

転換②

国際観光旅客税の国内線への拡充

2026年度から、これまで国際線中心だった国際観光旅客税の使途が、国内線にも拡充されます。グランドハンドリング自動化、ターミナル機能強化、インバウンド客の地方誘導など、構造改革のための補助金として活用される方向です。

転換③

航空×新幹線「コードシェア」の研究開始

欧州ではすでに、ルフトハンザ × ドイツ鉄道、エールフランス × フランス国鉄といったコードシェアが実施されています。日本でも検討段階に入りました。「飛行機と新幹線、どちらか一方の競争」という発想から、「組み合わせて最適化する」発想への根本的な転換です。


4. 中堅航空各社の「岐路」——スカイマーク・AIRDO・ソラシド・スターフライヤー

この出資規制撤廃は、特に1990年代以降の規制緩和で誕生した「特定既存航空会社」と呼ばれる中堅4社の未来を大きく変えます。それぞれの現状を見てみましょう。

会社 本拠地 現状と課題
スカイマーク 東京(羽田) 2015年に経営破綻、ANAホールディングス傘下で再建。国際線を持たない構造で、回復は限定的
AIRDO 北海道(札幌) 2002年に経営破綻歴あり。北海道ブランドで差別化を試みるも、大手の値下げ攻勢で苦戦
ソラシドエア 宮崎 九州路線中心、ANAホールディングスと既に経営統合準備中(2025年〜)
スターフライヤー 北九州 2025年5月、国交省より厳重注意処分。経営の独自路線維持が困難に

4社すべてが「経営面で課題を抱える」という状態です。出資規制撤廃により、JAL・ANA いずれかの資本参加・経営統合・完全子会社化、という可能性が現実的な選択肢となりました。これは中堅各社にとって「独立を捨てて生き残る」という重い決断を迫られる時期に入ったことを意味します。

そしてここに、新興エアライントキエア(新潟拠点・長谷川政樹社長)の存在も加わります。本ブログでも何度か紹介してきましたが、ATR72-600を用いた地域航空路線(成田〜佐渡、そして検討中の成田〜ニセコなど)を展開するトキエアは、まさに「大手と中堅の隙間を埋める」位置にいます。今回の規制緩和は、こうした新興航空にとっても新たな機会と挑戦をもたらします。


5. 日本のLCCはどこへ向かうのか

では、日本のLCC(格安航空会社)の行方は——? これは私自身が現役パイロットを務める領域でもあるので、特に率直にお伝えしたいと思います。日本にはLCCとして大きく3つのプレイヤーがあります。

航空会社 親会社 主な特徴
Peach Aviation ANAホールディングス 関空拠点、国内線中心+アジア国際線
ジェットスター・ジャパン JAL/Qantas/三菱商事 成田・関空拠点、国内線中心+一部国際線
ZIPAIR Tokyo JAL(100%) 成田拠点、中長距離国際線専業

日本のLCCの最大の特徴は、すべて大手2社(JAL・ANA)の傘下または資本関係下にあることです。これは欧米とは全く違う構造です。欧州ではライアンエア、easyJet、Vueling など独立系LCCが市場の主役ですが、日本は大手が「自分の市場の一部」としてLCCをコントロールしている構造になっています。

これが意味すること

日本のLCCは、純粋な「自由競争のプレイヤー」ではなく、大手のグループ戦略の一部として位置づけられている。これは、出資規制撤廃という今回の方針転換と密接に関係する。日本の航空業界は、すでに「協調」の方向に走り始めていたのだ。

例えば、東京〜沖縄路線は JAL/ANA/Peach/ジェットスター が並立していますが、それぞれが「親会社のブランド戦略の一部」として運航されています。これは「自由競争」のように見えますが、実態は「グループ内での棲み分け」です。今回の方針転換は、こうした水面下で進んでいた業界統合を、公的に承認する出来事と読むこともできます。

LCCの未来——3つのシナリオ

では、これからの日本のLCCはどう動くのか。私の観察では、3つのシナリオが見えます。

シナリオ 内容
① 国内線深耕型 大手が国内線から撤退した路線を、LCCが穴埋めする。Peach・ジェットスターが地方路線に展開を強化
② インバウンド特化型 国際線中心に転換し、アジア中国韓国台湾からの訪日客を直接日本各地に運ぶ。ZIPAIRはすでにこの方向
③ ハイブリッド型 国内+アジア近距離国際を組み合わせ、「アジアの都市と日本の地方を直接結ぶ」LCC型ネットワーク

個人的に最も可能性を感じているのは③のハイブリッド型です。例えば「ソウル〜函館」「上海〜松山」「台北〜北九州」のような、大手では採算が合わないがLCCなら成立するアジア発の地方路線。これは、地方経済への直接的なインバウンド誘致と、LCC経営の両方を成立させる、極めて現実的なモデルです。


6. 安全文化への影響——本ブログが懸念すること

ここまで業界構造の話をしてきましたが、UPRT JAPAN INITIATIVE として最も重要なのは、「この構造転換が、航空安全文化にどう影響するか」という問いです。私は3つの懸念点と、3つの希望点を併せ持っています。

⚠️ 3つの懸念点

M&Aによる訓練文化の希薄化

統合の過程で、被買収側の独自の訓練文化・経験値が失われるリスク。安全性は短期的には維持されても、長期的な人材育成に影響する可能性。

コスト圧縮による訓練投資削減

「協調による効率化」が「訓練予算カット」に直結する危険性。UPRT・シミュレーター更新・教官育成への投資が後回しにされる懸念。

寡占化による安全文化の硬直化

業界が大手2グループに集約されると、新しい安全文化(HIMS、EPIC-S2 標準UPRTなど)が業界全体で採用されるのに時間がかかる可能性。

✨ 3つの希望点

業界全体の訓練標準化

統合により、グループ全体で同一水準のUPRT実装が可能になる。「機長だけ訓練を受けて副操縦士は未訓練」という現状の解消が期待できる。

設備投資の集約による高度化

フルフライトシミュレーター、UPRT実機訓練施設など、単独では維持困難な高額設備を、グループで共有することで安全投資が進展する可能性。

地方路線維持による技術伝承

協調により地方路線が維持されれば、多様な気象条件・空港環境での運航経験を積めるパイロットが育つ。これは安全文化の長期的な資産。


7. UPRT JAPAN として、今こそ提案したいこと

この大きな構造転換期だからこそ、UPRT JAPAN INITIATIVE として強く提案したいことがあります。「協調」のテーブルに、安全文化を必ず乗せること

📋 「協調」時代の3つの安全文化提言

提言 1
業界共通のUPRT標準を策定。EPIC-S2を参照に、JAL/ANA/中堅/LCC問わず全パイロット必修化。これにより「会社による訓練格差」をなくし、業界全体の安全底上げを実現。
提言 2
業界横断 HIMS プログラムの本格実装。アルコール・メンタルヘルス・疲労管理を、企業の枠を超えた「業界共通のセーフティーネット」として運営。協調できる領域として最適。
提言 3
国産訓練機の活用。HIEN×矢島工業のスケーラブル機体、Bristell B23、Orlican M-8 EAGLEなどの新世代LSAを訓練に導入し、世界水準のコスト・性能で次世代パイロットを育成。御法川 学 教授ご講演のスケーラブル開発プロセスと完全整合。

8. 結びに——「歴史的転換期」に立ち会うということ

本記事の冒頭で書いた通り、2026年5月22日は、日本の航空業界の25年史を書き換える日でした。これから数年、業界は大きく動くでしょう。M&A、コードシェア、新幹線連携、新興航空の参入、LCCの再配置——様々な構造変化が同時に進行します。

そして本日6月3日、Japan Drone 2026 が幕張メッセで開幕します。御法川 学 教授ご講演、HIEN・矢島工業の SONIC コンセプト発表、UPRT JAPAN INITIATIVE の活動発信——すべてが、この大きな業界変化の文脈の中で意味を持ちます。

25年前のロジックは、もう通用しない。
新しい時代のロジックを、いま、誰が書くのか。

国土交通省は、その問いに答え始めた。
HIEN・法政大学・トキエアは、現場の答えを示し始めた。
そして UPRT JAPAN INITIATIVE は、
「協調」の時代における安全文化の答えを、書き続ける。


参考資料

📚 公式・行政資料

  • 国土交通省「国内航空のあり方に関する有識者会議」(第1〜6回・2025年5月〜2026年5月)
  • 第3回「羽田発着枠配分基準検討小委員会」合同会議(2026年5月22日)
  • 国土交通省「国内航空ネットワーク維持・拡充に向けたとりまとめ案」(2026年5月)

📰 報道資料

  • 日本経済新聞「国内航空網維持へ、中堅航空への出資規制を撤廃」2026年5月22日
  • Aviation Wire「中堅航空4社への出資規制廃止 20%超で羽田発着枠回収」2026年5月22日
  • トラベルビジョン「国内線は『危機的状況』、構造改革を加速」2026年4月15日
  • sky-budget「国内航空ネットワーク維持へ『競争から協調』へ転換」2026年4月14日
  • Business Journal「JAL・ANA『国内線共同運航』は実現するか」2026年3月14日
  • ダイヤモンド「ANA・JALですら『国内線』は大悲鳴」2025年10月
  • Business Insider Japan「JAL・ANAに立ちはだかる『新幹線の壁』」2025年11月

📖 UPRT JAPAN INITIATIVE 関連シリーズ

  • Vol.1:UPRTがパイロットにもたらす本質的な利益
  • Vol.2:日本のパイロット養成に革命を
  • Vol.3:独立した3者が、同じ結論に辿り着いた
  • Vol.4:10秒以内に、命を分ける
  • Vol.5:処分の繰り返しが、解決をもたらすのか
  • Vol.6:「競争から協調へ」— 25年ぶりの構造転換(本記事)

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