前は舵、後ろは安定-航空機の重心の不思議

飛行機



遙かなる大空 VOL.166

前は舵、後ろは安定

重心に引かれた、二本の線について
同じ枠の両端だが、守っているものが違う。

この記事の要点(約8分)

  • 重心を後ろへ寄せると燃費が良くなる。長距離機にトリムタンクがあるのはそのためである。
  • だがA320では効かない。重心で燃費を語れるのは、長距離の大型機だけである。
  • 前方限界は舵が足りるかの限界、後方限界は戻ってこられるかの限界。性格が違う。

皆さんこんにちは。今日は重心の話をします。

機体のどこに重さが集まっているか。それだけで、安定性も、燃費も、失速速度も、舵の重さも変わります。

そして重心には、前と後ろに限界が決められています。重量と組み合わせた包絡線です。多くの人はこれを「安全のための一つの枠」として見ています。

ですが、前の線と後ろの線は、まったく別の理由で引かれています。今日はそこまで行きます。

1. 重心が、決めているもの

【図1】

効いているのは、重心と空力中心の距離です。これを静安定余裕と呼びます。

重心が前にあると、この距離が大きくなります。擾乱を受けても機首が戻る方向に働き、失速すれば機首が自然に落ちる。だから回復しやすい。訓練機で前方重心が好まれるのは、この落ち着きのためです。

重心が後ろにあると、距離が縮んで中立に近づきます。ピッチが落ち着かず、失速から抜けにくくなる。曲技機の重心管理が神経質なのはここで、後方重心はスピンを回復不能にしうるからです。

一方で、後ろは舵が軽く、燃費が良い。失速速度も下がります。前方重心の機体が実効的に重くなるという話は後で出てきますが、重ければ失速速度は上がります。

どちらが優れているという話ではありません。強い場面と弱い場面が違う、というだけです。

2. 尾翼は、下に押している

ではなぜ、重心が前にあると燃費が悪くなるのか。ここは図で追ったほうが早いと思います。

【図2】

重心が前にあると、機体には機首を下げようとするモーメントが生じます。これを釣り合わせるために、水平尾翼は下向きの力を出しています。

下向きに押されている分、主翼はそれも含めて揚力を作らなければなりません。つまり機体は、実効的に重くなっている。重ければ誘導抗力が増え、燃料を余計に食います。

重心を後ろへ寄せれば、この下向き荷重が減ります。これが「後方重心は燃費が良い」の正体です。尾翼が下に押している分だけ、主翼が余計に働いていたわけです。

ついでに、この釣り合いを保つために水平安定板は常に傾けられています。傾けた板は抗力を生みます。トリム抗力と呼ばれるものです。前方重心では、これも大きくなります。

3. エアバスが出した数字

ここからは実数です。エアバスが公表している燃料効率の文書に、機種別の数値が載っています。

【図3】

基準重心に対して、後方と前方それぞれで比航続距離がどう変わるか。A330では後方へ寄せて+0.5%、前方へ寄せると−1.3%。A340は+0.6%と−0.9%です。

この2機種では、後ろで得られる量より、前で失う量のほうが大きい。後方重心は「得をする」話というより、前方重心の損を避ける話に近い、ということになります。

ただしA300-600は+1.7%と−0.9%で、逆です。機種によって効き方が違うという点は、押さえておく必要があります。

では、絶対量ではどれほどか。

【図4】

重心が10%前方へ寄ったときの、1区間あたりの燃料増加量です。A340-500では6,000海里の区間で1,550キログラム。手荷物を含めた乗客15人分に相当する重さです。

燃料価格に直すと、1区間でおよそ2,400ドル(約37万円)になります。これが毎便、ただ重心が前にあるというだけで消えていく。

長距離機にトリムタンクが積まれているのは、このためです。A330、A340、A380、MD-11、747-400、L-1011-500、そしてコンコルド。水平尾翼の中に燃料を移して、重心を後ろに保つ。

4. ところが、A320では効かない

ここが、今日いちばん面白いところだと思います。

同じ表の中で、A320ファミリーだけが「無視できる(negligible)」と書かれています。そして同文書は、こう結んでいます。

「したがってA320ファミリーでは、搭載配置は燃料経済性にとって重要ではない」

つまり私が普段飛ばしている機体では、重心を後ろへ寄せても燃料は実質減りません。

理由は文書に書かれていませんが、胴体が短くてモーメントアームが小さいこと、区間が短くて差が積み上がらないことが効いているはずです。ここは私の推測です。

重心で燃費を語れるのは、長距離の大型機だけ。この前提を外すと、話が合わなくなります。

逆に言えば、A320で重心を気にする理由は燃費ではない、ということでもあります。気にすべきは、水平安定板のトリム設定と、離着陸での舵の効きのほうです。

5. 二本の線は、別の理由で引かれている

さて、本題です。

【図5】

重心の包絡線には前方限界と後方限界があります。同じ枠の両端に見えますが、決めている物理がまったく違います。

前方限界を決めているのは、エレベータが足りるかどうかです。離陸でローテーションできるか。着陸のフレアで機首を起こせるか。安定性の話ではありません。舵の権限の話です。

後方限界を決めているのは、静安定と回復性です。擾乱から復元するか。失速から抜けられるか。尻もちをつかないか。

前を超えれば、離陸で機首が上がらず、着陸でフレアができません。これも十分に危険です。ですが危険の質が違う。後ろを超えたときは、入ってしまったら戻ってこられないという話になります。

そして面白いのは、トリムタンクの運用が、この二つの限界をそのまま体現していることです。

上昇の後半に燃料を後方へ移し、巡航中は消費に合わせて少しずつ前へ戻す。そして目的地の手前で、前方へ移送する。

巡航では燃費のために後ろへ寄せ、着陸では舵のために前へ戻す。同じ機体が、同じ飛行の中で、二つの限界の間を行き来しているわけです。

なお、自動重心管理のない機体では、こうした利点は十分には得られないとされています。飛行中に重心が動いてしまうことと、満タン時に後方重心へ積むのが難しいことが理由です。装置がなければ、設計上の余地も使い切れないわけです。

6. 人工的に、安定を作る

ここで、もう一つの層が入ります。

フライ・バイ・ワイヤの機体は、素の空力安定が小さくても、制御則が安定を作り出せます。だから設計段階で重心をより後ろに置ける。軍用機の緩和静安定を、旅客機に持ち込んだ形です。空力的には効率が上がります。

ただし、その安定は機体の形が持っているものではなく、系統が作っているものです。

ノーマルローが落ちてダイレクトローになったとき、顔を出すのは素の安定性のほうです。普段の飛行機とは違う手応えになる。ダイレクトローで飛ばす訓練に意味があるのは、ここにも理由があります。

7. 積めば飛ぶ、ではない

最後に、UPRTの視点から一つ。

後方重心は、異常姿勢からの回復を直接難しくします。回復の第一手である迎角の低減が効きにくくなり、回復後のピッチアップも強く出る。

そして、貨物がずれて重心が突然後ろへ飛ぶ事例が、繰り返されています。

2013年、バグラムで747型貨物機が離陸直後に制御を失いました。積んでいた車両が後方へ移動したとされています。2003年にはシャーロットで、後方重心と昇降舵の整備不良が重なり、小型機が離陸直後に墜落しました。1997年のマイアミでは、積載位置の誤りで重心が後方限界を超えていました。

積載は「重量が範囲内か」で見られがちです。ですが、重量が合っていても、重心が外れれば飛べません。

そして厄介なのは、重心の誤りは離陸するまで現れないことです。重量の誤りなら加速の鈍さで気づけることもある。重心は、機首を上げようとしたその瞬間に初めて分かります。

前に寄りすぎていれば機首が上がらない。後ろに寄りすぎていれば、上がりすぎて止まらない。どちらも、気づいたときには滑走路が残っていません。

この記事の限界

本稿の数値は、エアバスが2004年に公表した文書による。対象機種と条件が限定されており、他社機や現行型にそのまま当てはまるものではない。重心の表記方法も文書によって異なる。

燃料価格への換算は、スポット価格と一般的な密度を用いた概算である。実際の調達価格は航空会社ごとに異なり、この金額がそのまま損益になるわけではない。

また筆者は現役のエアラインパイロットであり、所属する会社の運航や規定については一切述べない。重心の管理は、各社の規定と機体ごとの制限に従って行われる。

現場のパイロットとして

出発前、ロードシートで重心を確認します。枠の中に入っていれば、それ以上は考えない。正直なところ、日々の運航ではそれで足りてしまいます。

ですが前寄りか後ろ寄りかで、離陸のときの手応えは確かに違います。水平安定板のトリム設定が、重心から決まるからです。同じ重量でも、引き起こしの感触が変わる。

そして重心の入力を誤れば、トリム設定が狂います。重量の誤りより気づきにくい。枠の中に入っているかだけでなく、枠のどのあたりにいるのかを見る癖は、つけておいて損がないと思っています。

結論

重心を後ろへ寄せると、尾翼の下向き荷重が減って燃費が良くなります。長距離機にトリムタンクがあるのは、そのためです。

ただしA320では効きません。重心で燃費を語れるのは、長距離の大型機だけです。

そして前方限界は舵が足りるかの限界、後方限界は戻ってこられるかの限界。同じ枠の両端に見えて、守っているものが違うのです。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

  • Airbus「Getting to Grips with Fuel Economy」Issue 4(2004年10月)― 重心位置と比航続距離の関係、区間あたりの燃料増加量、トリムタンクによる自動重心管理、およびA320ファミリーについての記述。
    https://ansperformance.eu/library/airbus-fuel-economy.pdf
  • 燃料価格は米国メキシコ湾岸ケロシン系ジェット燃料のスポット価格 1ガロン4.63ドル(2026年10月20日時点)、為替は1ドル156.86円(2026年10月23日時点)により換算。密度は1リットルあたり0.8キログラムとした。
  • ナショナル・エアラインズ102便(2013年4月29日、バグラム、747-400型貨物機)、エア・ミッドウェスト5481便(2003年1月8日、シャーロット)、ファイン・エア101便(1997年8月7日、マイアミ)― いずれも重心位置が関与したとされる事故。
  • 関連記事:遙かなる大空 Vol.152「国が、LOC-Iを名指しした」、Vol.157「規格を書く人と、飛ばす人」、Vol.165「本物に、似ていなくてよい」。

※ 本稿は2026年10月時点の公開情報に基づく。数値は公表文書の値であり、機種・条件によって異なる。図はいずれも筆者による整理である。

#航空安全 #重心 #ウェイトアンドバランス #燃費 #空力 #静安定 #トリムタンク #UPRT #LOCI #UPRTJAPAN

コメント

タイトルとURLをコピーしました