規則は、足されるが引かれない

安全・事故


遙かなる大空 VOL.164

規則は、足されるが引かれない

墓石規制と、文化と、設計の思想について
規則の数と、安全の高さは、同じではない。

この記事の要点(約8分)

  • 規則は事故から書かれる。足されるばかりで、引かれることはほとんどない。
  • 守れない規則が増えると、守れなかったことが報告されなくなる。
  • 文化は規則との向き合い方を変える。だが、どの文化も最適ではない。

皆さんこんにちは。今日は規則そのものについて考えてみます。

航空機にはメーカーが作る手順書があり、航空会社には航空法に基づく各社の規定があります。憲法や法律と同じように、時代や技術の変化に合わせて変えていかなければならないものです。

ところが航空の世界では、規則は増える一方のように見えます。なぜそうなるのか。そして、増えればそれだけ安全になるのか。

1. 規則は、足されるが引かれない

【図1】

英語圏に「墓石規制」という言葉があります。

事故が起き、調査が行われ、再発を防ぐ規則ができる。つまり、誰かが亡くなってから書かれるという意味です。

この連載で扱ってきた規則の多くが、そうでした。Vol.157で辿ったUPRTの歴史も、2009年の二つの事故から動き出しています。規則は血で書かれている、という言い方さえあります。

問題は、その逆がほとんど起きないことです。

規則が消えるとき。それは、ほとんどありません。理由は単純で、消すと決めた人が、次の事故の責めを負うからです。足すのは称賛されるが、引くのは誰もやりたがらない。

だから規則は、年を追うごとに厚くなります。

2. 守れない規則は、見えなくする

では、厚ければ安全なのか。ここで安全の研究が、一つの答えを出しています。

【図2】

「想定された仕事」と「実際の仕事」という対の言葉があります。

手順書に書かれているのは、机の上で考えられた最善です。一方、現場は時間と人と装備の制約の中にいます。この二つが離れすぎると、何が起きるか。

現場は回避策を編み出します。そしてそれは、報告されません。

Vol.150で書いたとおり、日本では年に900件を超える報告が集まっています。罰しないと決めたからです。ですが守れない規則が増えれば、守れなかったことは報告されなくなる。

規則を厚くしたのに、何が起きているか見えなくなる。これが最も怖い形です。

規則の数と、安全の高さは、同じではない。

3. 文化は、測定されている

ここからが、今日いちばん書きたかったところです。

【図3】

2000年、19か国・9,400名の操縦士を対象に行われた調査があります。文化の指標が、操縦士という同じ職業の中でも再現されるかを調べたものです。

結果は、再現されました。そして規則との向き合い方が、文化によって変わることも示されています。

権力格差が大きい文化では、上位者の判断に異議を唱えにくい。経営から現場への伝達が一方通行になりやすい。そして予想されていなかった発見として、自動化をより肯定的に受け止める傾向が出ました。

不確実性を避ける文化では、標準手順が受け入れられやすい。規則は破るべきでないと考える。一方で、想定外の事態への対応が落ちるとされています。低い文化は、その逆です。

ここで大事なことを書いておきます。研究を主導した人物は、結論にこう記しています。

どの文化も、生産性と安全の両面で最適ではない。

優劣の話ではありません。強い場面と、弱い場面が違うという話です。

この記事の限界

本稿は特定の規則を不合理だと断じるものではまったくない。個々の規則には、それが作られた経緯と、守られるべき理由がある。筆者はいずれの規則にも従って飛んでいる。

文化に関する記述は研究が示した傾向であり、個人に当てはめられるものではない。同じ国の中にも大きな幅がある。そして研究者自身が、どの文化も最適ではないと述べている。

また筆者は現役のエアラインパイロットであり、所属する会社の規定や運用については一切述べない。

4. 設計にも、思想がある

規則だけではありません。機体の設計にも、思想の違いが表れます。

機体が操縦士の入力を制限する設計と、最後は操縦士の判断が優先する設計。大きく分ければ、この二つがあります。

前者は、人は間違えるから機械が守るという考え方。後者は、機械が想定していない事態では人が勝るという考え方です。

どちらも、安全のための設計です。そして先ほどの研究が示したとおり、自動化をどう受け止めるかは、文化によって違う。設計の思想と、それを受け入れる土壌は、無関係ではないのかもしれません。

5. 引き算をした国がある

【図4】

最後に、希望のある話をします。

Vol.163で書いたことですが、2026年7月24日、米国で軽量機の区分が作り直されました。

重量による制限が撤廃され、性能で区切り直された。そして「軽量スポーツ機」という定義そのものが、規則から削除されました。

これは、引き算です。古い前提で書かれた制限を外し、新しい技術が入れるように場所を空けた。

規則は、足すことしかできないものではありません。安全を下げずに減らすことはできる。現に、やった国があります。

現場のパイロットとして

規則には、ときどき首をかしげるものがあります。たとえば上空での日除けの使用は、外部の監視を妨げるという理由で制限されることがあります。理由には筋が通っています。見張りは操縦士の基本の義務です。

ですが長時間の飛行では、紫外線と熱と眩しさが疲労に効いてきます。安全上の理由と、働く人の健康が、正面からぶつかっている例です。どちらかが間違っているのではありません。両方が正しいから、難しい。

こういう衝突は、規則を作るときには見えにくい。だから、現場から声を上げることに意味があります。規則を守ることと、規則を良くしようとすることは、矛盾しません。むしろ守っている者にしか、どこが合わないかは分かりません。

結論

規則は事故から書かれ、足されるばかりで引かれません。消すと決めた人が、次の事故の責めを負うからです。

ですが、守れない規則が増えれば、守れなかったことは報告されなくなります。規則の数と、安全の高さは、同じではありません。

そして文化は、規則の作られ方と守られ方を変えます。どの文化も最適ではない。それでも、引き算をした国があります。規則は、変えられるのです。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

  • Merritt, A.「Culture in the cockpit: Do Hofstede’s dimensions replicate?」2000年 ― 19か国・9,400名の操縦士を対象とした調査。権力格差、個人主義、不確実性回避などの指標が再現されたこと。
    Culture in the cockpit: do Hofstede's dimensions replicate? - NASA Technical Reports Server (NTRS)
    Survey data collected from 9,400 male commercial airline pilots in 19 countries were used in a replication study of Hofs...
  • Helmreich, R. L. と Merritt, A. C.「Culture at Work in Aviation and Medicine: National, Organizational and Professional Influences」1998年。およびHelmreich「Building Safety on the Three Cultures of Aviation」― 権力格差の高い文化における自動化への肯定的評価、不確実性回避と標準手順の受容、そして「どの文化も生産性と安全の両面で最適ではない」との記述。
    https://www.pacdeff.com/pdfs/3
    Cultures of Aviation Helmreich.pdf
  • 安全科学における「想定された仕事と実際の仕事」の枠組み。および米国連邦航空局 最終規則「Modernization of Special Airworthiness Certification」2025年7月24日公布(90 FR 35034)― 重量制限の撤廃と定義の削除。
  • 関連記事:遙かなる大空 Vol.122「国が『罰しない』と約束した制度」、Vol.150「898件は、報じられない」、Vol.157「規格を書く人と、飛ばす人」、Vol.163「設計図を抱えて、待っていた」。

※ 本稿は2026年10月時点の公開情報に基づく。特定の規則を不合理だと断じるものではない。文化に関する記述は研究が示した傾向であり、個人に当てはめられるものではない。筆者は所属する会社の規定や運用について一切述べない。図はいずれも筆者による整理である。

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