数ではなく、質で空を支える
——パイロット2030年問題と、LSAフライトスクールという解
人材不足の売り手市場。急いで数を揃える裏で、私は「粗製濫造」を最も恐れている。
これは、私のライフワーク——人を育てることについての、少し長い一本です。
- 2030年問題でパイロットが大量退職。国は養成を増やすが、訓練現場が詰まり「待機」学生が100人超に。
- 数を急ぐあまり質が落ちる「粗製濫造」を私は危惧する。求められるのは、安価で、しかも質の高い訓練だ。
- その第一歩がLSA(軽スポーツ機)のフライトスクール。安い入口で裾野を広げ、確かな基礎とUPRTで質を担保する。
今日は、私がこの連載でいちばん書きたかったテーマのひとつに触れます。パイロットを、どう育てるか。これは私のライフワークそのものであり、少し熱がこもります。長くなりますが、どうかお付き合いください。
いま、日本の航空業界は深刻なパイロット不足のただ中にあります。いわゆる「2030年問題」——バブル期前後に大量採用されたベテランたちが、2030年ごろに一斉に定年を迎える。その世代交代のギャップが、日本の空の足元を揺らしています。労働力全体が細るなか、パイロットもまた、極端な「売り手市場」になりました。企業は本来、優秀な人材を選びたい。でも、人が足りなければ、そうも言っていられない——。この現実の中に、私は大きな危うさを感じています。
2030年問題——足りないのは、数だけではない
数字を見てみましょう。国土交通省の予想では、2030年ごろには年間400人規模の新規採用をしないと需要に追いつかないとされます。10年後には約5,000人が不足するという試算もあります。2024年1月時点で、主要航空会社のパイロットは計7,274人。その供給源は、航空会社の自社養成が約39%、航空大学校が約34%、私立大学の養成課程が約9%です。
背景にあるのは、世界的な航空需要の急拡大です。そして厄介なことに、日本のパイロットは技術が高く評価されるため、海外(中国や東南アジア)から数千万円という破格の条件で引き抜かれる——人材の流出も起きています。国内で育てても、出ていってしまう。だからこそ、国は養成の拡大に乗り出しました。方向性は、正しい。けれど、ここに落とし穴があったのです。
「入口を広げても、育てる現場が詰まっていては、人は育たない。」
増やしたいのに、育てられない——養成の目詰まり
国内唯一の公的養成機関である航空大学校(宮崎市)では、定員を増やしたにもかかわらず、養成が停滞しています。報道によれば、予定通りに訓練を受けられない「待機」状態の学生が100人を超え、卒業生も定員の7割弱に落ち込んでいるといいます。1年以上、飛べる日を待ち続ける学生もいる。学ぶ意欲に満ちた若者が、ただ順番を待っている。これは、あまりにもったいない。
なぜ、詰まるのか。理由は、入口の広さとは別のところにあります。①教官(インストラクター)の不足、②訓練機の整備遅延・機材の不足、③天候や空域といった訓練環境の制約。定員という「入口」を広げても、訓練という「流路」が細ければ、人は流れていかない。これはまさに、ボトルネックの問題です。
そして、ここからが私の最大の懸念です。数を急ぐあまり、質が犠牲になること——すなわち「粗製濫造」を、私は何より恐れています。パイロットは、数さえ揃えばいい職業では、断じてありません。一人ひとりが、何百人もの命を預かる。基礎が甘いまま送り出された操縦者は、本人にとっても、乗客にとっても、危うい。足りないからといって、質を下げてはならない。この一線だけは、譲れないのです。

解は「安く、質の高い」訓練——その第一歩がLSA
では、どうすればいいのか。私の答えははっきりしています。これからの日本に求められるのは、安価で、しかも十分な教育ができるフライトスクールです。そして、その第一歩こそがLSA(軽スポーツ機)のフライトスクールだと、私は考えています。
現状、パイロットへの道は経済的な壁が高すぎます。私立大学の操縦コースや民間のフライトスクールに通うには、数千万円単位の費用がかかることも珍しくありません。これが、才能ある若者の挑戦を阻む、最大の障壁になっている。夢はあっても、お金がなければ、コックピットには届かない。この不公平を、私はどうにかしたい。
LSAは、この壁を大きく下げます。機体が安く、燃費もよく、整備の負担も軽い。だから、1時間あたりの訓練費を大幅に下げられる。ここで誤解しないでいただきたいのは、これは「安かろう悪かろう」ではないということです。むしろ逆です。コストが下がるからこそ、より多くの飛行時間を積める。操縦の感覚、空を読む力、規律——そうした基礎を、じっくりと、確かに固める時間を確保できる。安さは、質を落とす理由ではなく、質を高める手段になりうるのです。
私が思い描く育成の形は、三段構えです。①広い入口:LSAで低コストに、多くの人が操縦の基礎を学べるようにする。挑戦の門戸を、大きく開く。②確かな基礎:十分な飛行時間のなかで、技量と規律をていねいに養う。ここで粗製濫造を防ぐ。③安全の担保:実機での訓練やUPRT(アップセット防止・回復訓練)で、いざというときに機体を”立て直す力”を持たせ、安全なプロへと送り出す。
これは、私のライフワークそのものです。優秀な人材を、数の論理で使い捨てるのではなく、正しく育てる。安く広い入口と、質の高い基礎教育。その両立こそが、日本の空の未来を、静かに、しかし確かに支えると信じています。UPRT JAPANの実機訓練の基盤も、HIENが切り拓く新しい機体も、そしてLSAスクールという構想も、すべては「人を育てる」という一点でつながっているのです。
日本の空に、いま本当に足りないもの。それは、単なる「頭数」ではありません。「正しく育てる仕組み」です。売り手市場という追い風に流されて質を落とせば、そのツケは、いつか空の安全となって返ってきます。だからこそ、私は言い続けます——急ぐときこそ、基礎を。数を追うときこそ、質を。安く広い入口をつくり、そこで確かな基礎を育て、安全の技術で仕上げる。その第一歩を、LSAのフライトスクールから踏み出したい。空を志すすべての若者が、お金の壁に阻まれることなく、確かな翼を手にできる未来へ。それが、私がこの命を懸けて取り組みたい、育成の仕事です。
数字は嘘をつかない——UPRTは『あれば良い訓練』ではない。
吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)
エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 合同会社 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)
- 東京新聞/中日新聞「パイロット養成の停滞」2025-11:航空大学校(宮崎市)で「待機」学生が100人超、卒業生は定員の7割弱。主要航空会社のパイロット計7,274人(2024-01時点/自社養成39%・航空大学校34%・私立大9%)。国交省の有識者検討会が2025-10-22に対策案.
- 国土交通省「乗員政策等に係る検討」資料ほか:2030年ごろ年間400人規模の新規採用が必要、パイロットの高齢化と大量退職(2030年問題).
- 各種報道・試算:10年後に約5,000人不足の試算、私大操縦コース・民間フライトスクールの費用(数千万円規模)、海外航空会社による高待遇での人材流出.
- LSA・基礎訓練・UPRTに関する一般解説:FAA MOSAIC(LSA拡大、本連載 Vol.102)、ICAO Doc 10011(UPRT)。関連:Vol.106(整備の裾野).
※ 本稿は2026年8月24日時点の公開情報に基づく論考であり、後半の提言(LSAフライトスクール等)は筆者個人の見解である。特定の機関・制度を一方的に評価する意図はなく、現状認識は各種公開報道・資料に基づく。図はいずれも概念図。
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