遙かなる大空 VOL.144
最後の有人戦闘機は、空飛ぶ風洞になった
初飛行から72年、F-104はいま宇宙開発の道具である
地上の装置では作れない条件が、空には実在している。
この記事の要点(約8分)
- 1954年初飛行のF-104が、いまケネディ宇宙センターで「空飛ぶ風洞」として飛んでいる。
- 地上の超音速風洞は30秒から1分、順番待ちは18か月。実機なら5分から10分、実物大の供試体を積める。
- 最先端の技術が実機に戻ってきている。同じ理屈が、訓練にもある。
皆さんこんにちは。今日は、ある古い戦闘機の話をします。
ロッキードF-104スターファイター。初飛行は1954年。細い胴体に短くて薄い翼をつけた、いかにも速そうな機体です。日本でも1960年代に主力戦闘機として採用され、F-104Jとして長く飛びました。
当時、この機体はこう呼ばれていました。「最後の有人戦闘機」。これからはミサイルの時代になり、人が乗って戦う飛行機はこれで終わりだろう、と。別の呼び名もありました。「人の乗ったミサイル」。
その予言は外れました。有人戦闘機はその後も作られ続けています。そしてF-104自身も、72年たったいま、まだ飛んでいます。
1. 空飛ぶ風洞

【図1】
米国のスターファイターズ・スペースという会社が、7機のF-104を運航しています。拠点はNASAのケネディ宇宙センターと、テキサス州ミッドランドの空港。後期のイタリア製の機体も含まれています。

スターファイターズ・スペース社は自社でF104の整備も行っています
何に使っているのか。同社はこう呼んでいます。「空飛ぶ風洞」。
超音速の飛行機を作るとき、部品や試験体を超音速の空気にさらして確かめる必要があります。ふつうは地上の超音速風洞を使います。ところが、ここに問題がありました。
2. 三十秒か、十分か

【図2】
同社の説明によれば、地上の超音速風洞で試験体が必要な条件にさらされるのは、30秒から1分ほど。そして施設が混んでおり、順番待ちが18か月に達しているといいます。
F-104で飛べば、5分から10分。最大マッハ2.2。しかも模型ではなく、実物大の供試体を主翼の下に積める。
さらに興味深い一節がありました。垂直に打ち上げるロケットの、最初の30秒。この領域の空力条件は、地上の装置では正確に再現しにくいとされてきた。ところがF-104の飛行経路なら、それに近い状態を作れるというのです。
米国では、この分野の設備が足りていません。NASAは40年以上ぶりに大型の風洞を完成させ、空軍も海軍も陸軍も、風洞の新設や再稼働の予算を組んでいます。地上の設備を増やす努力と並行して、空を使うという発想が出てきたということです。
地上で作れない条件が、空には実在している。
3. 冷戦期の機体が、宇宙開発の道具に

【図3】
実際の仕事を見ると、驚かされます。
2025年8月には、大手エンジンメーカーのラムジェット試験体を三回の超音速飛行で運びました。点火装置は飛行中に作動させています。
2026年内には、再使用型の小型往還機を主翼の下に抱えて飛び、高高度で超音速のまま切り離す計画が進んでいます。大気圏に再突入したあとの飛行を、その条件で再現するためです。
ほかにも、高度45,000フィートまで運んでからの空中発射、微小重力の研究飛行、操縦士と宇宙飛行の訓練。
そして拠点の選び方も巧みです。ケネディ宇宙センターから離陸すれば、その瞬間から射場の管制区域の中にいます。試験中のデータを、地上の計測設備に直接つなげる。
冷戦期の迎撃戦闘機が、いま宇宙開発の道具になっている。七十二年前に「最後」と呼ばれた機体が、最も新しい分野で使われています。
この記事の限界
試験時間や待ち時間の数値は、いずれも同社の説明および報道によるものである。風洞の種類や試験の内容によって条件は大きく変わるため、一律に比較できるものではない。
また、実機が風洞に取って代わるという話ではない。風洞は条件を自在に設定でき、繰り返しがきき、安価である。両者は補い合う関係にある。
そして筆者は実機によるUPRTの事業化を構想する立場にあり、本稿は中立ではない。この記事に自分の主張と重なるものを見出している、という自覚のうえで書いている。
4. 同じ理屈が、訓練にもある

【図4】
ここまで読んで、私はずっと考えていました。これは、訓練の話とまったく同じ構造だと。
地上の装置にできることは、たくさんあります。条件を自由に設定できる。危険な状態を安全に作れる。何度でも繰り返せる。手順と知識は、ここで育ちます。
ですが、実機でしか得られないものもあります。本物の空気、本物のG、そしてやり直しがきかないという前提。
Vol.130で書いたとおり、日本の通達も同じ線を引きました。型式固有の挙動は模擬飛行装置で、飛行機そのものの挙動は飛行機で。資格を取る段階では実機。
世界で最先端を走る宇宙開発の会社が、いま七十二年前の実機に頼っている。その理由は一つです。地上の装置がどれだけ高度になっても、実在する空気の代わりにはならないからです。
アップセットからの回復も、同じだと思います。本当に機体が傾き、本当にGがかかり、やり直しがきかない場所でしか、身体は覚えません。
現場のパイロットとして
私は航空自衛隊でF-4に乗っていました。F-104の次の世代の機体です。当時すでにF-104は退役に向かっており、古い飛行機という印象しかありませんでした。
その機体が、いまアメリカで宇宙開発の仕事をしている。しかも「古いから安く使える」という理由ではありません。マッハ2を十分間維持できる機体が、ほかにほとんどないからです。速さという一点で設計された機体の、その一点がいま必要とされている。
十一月にアリゾナで、私はExtra 300とS211という機体でUPRTの訓練を受けます。どちらも最新鋭ではありません。ですが全姿勢で飛べて、本当にGがかかる。必要なのはそこだけです。新しさと、役に立つことは、別のことなのだと思います。
結論
「最後の有人戦闘機」と呼ばれた機体が、七十二年たって「空飛ぶ風洞」と呼ばれています。予言は外れ、役割だけが入れ替わりました。
地上の風洞では30秒から1分、順番待ちは18か月。空を飛べば5分から10分、本物の空気の中で、実物大の供試体を積んで。
最先端の技術が、実機に戻ってきています。結果が戻ってくる場所でしか、学べないものがあるからです。それは訓練でも、同じことです。
数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。
吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)
エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)
出典・参考
- Hanneke Weitering「Starfighters Space Sells Mach 2 Testing by the Sortie」Aviation International News、2026年9月 ― 「空飛ぶ風洞」、ケネディ宇宙センターとミッドランドの二拠点での運航。
Aviation International NewsBusiness, Air Transport, Defense & General Aviation News - Aerospace Global News「Inside the F-104 ‘wind tunnel in the sky’ accelerating hypersonic testing」2026年9月 ― 地上風洞での30秒から1分、飛行試験での5分超、待ち時間18か月、最大マッハ2.2、実物大の供試体、単座F-104Sと複座機の使い分け、射場管制区域との接続。
F-104 Starfighter becomes Mach 2 ‘wind tunnel in the sky’Starfighters Space is using F-104 jets to test hypersonic hardware at Mach 2 as ground wind-tunnel waits reach 18 months... - Starfighters Space, Inc. 発表「Announces Availability of Airborne Aerodynamic Test Platform for U.S. Defense and Aerospace Community」2026年4月30日 ― 垂直打ち上げ最初の30秒の空力条件、NASAの40年ぶりの新設風洞、各軍の予算計上。
- 同社発表「Starfighters Space and Blackstar Orbital Partner to Advance Flight Testing of Reusable Hypersonic Space Systems」2026年3月30日 ― 再使用型往還機の搭載飛行と超音速での切り離し計画、高度45,000フィートまでの空中発射。
- NASA ケネディ宇宙センター公表資料、Interesting Engineering(2026年9月)ほか。ラムジェット試験体の搭載飛行は2025年8月の三回の飛行による。関連記事:遙かなる大空 Vol.130「実機が、義務になった」。
※ 本稿は2026年9月時点の公開情報に基づく。試験時間や待ち時間は同社の説明および報道による。実機が風洞に取って代わるという趣旨ではない。筆者は実機によるUPRTの事業化を構想する立場にあり、中立ではない。図はいずれも筆者による整理である。
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