大きな炎を、やめた-水素だけで回った、小型航空エンジン

飛行機


遙かなる大空 VOL.162

大きな炎を、やめた

水素だけで回った、小型航空エンジン
炎を分けるという発想が、問題を解いた。

この記事の要点(約8分)

  • 10月8日、水素100%で小型航空エンジンの運転試験に成功。始動から停止まで一連の運転を確認した。
  • 窒素酸化物を従来比9割減。解き方は大きな炎をやめ、小さな炎を無数に分けること。
  • もとは発電用ガスタービンの技術だった。ゼロからの発明ではない。

皆さんこんにちは。今日は事故の話ではありません。作る側の話をします。

10月8日、秋田県能代市。宇宙航空研究開発機構のロケット実験場で、一台の小型航空エンジンが回りました。

燃料は水素だけです。ほかの燃料は一切混ぜていません。

1. ロケットの実験場で、飛行機の未来が試された

【図1】

川崎重工業の発表によれば、試験は始動から回転上昇、巡航相当の定常運転、加減速、そして停止までの一連の条件で行われました。

確認されたのは、安定した燃焼と推力の発生。そして、もう一つ。

窒素酸化物の排出を、従来と比べて9割減らしたと報じられています。

国の基金による次世代航空機の開発計画の一環で、2021年から2030年までが中核技術の開発期間とされています。同社は国内で初めて、世界最高の水準の低NOx性能を実現できる見通しを得たとしています。

2. 大きな炎を、やめた

なぜNOxが減ったのか。ここが面白いところです。

【図2】

水素は、燃やしても二酸化炭素を出しません。それが水素航空機の最大の利点です。

ところが問題があります。燃焼の温度が高くなると、空気中の窒素が反応して窒素酸化物が生まれる。二酸化炭素は出ないのに、別の排出物が出てしまう。

これまでのやり方では、燃焼器の中に大きな炎が一つできます。その中心部が局所的に高温になり、そこでNOxが生まれていました。

今回とられた考え方は、こうです。大きな炎を一つ作るのをやめ、小さな炎を無数に分散させる。

局所的に高温になる場所ができなければ、NOxは生まれにくい。マイクロミックス燃焼と呼ばれる技術です。

そしてここも興味深い点ですが、この技術はもともと、発電用のガスタービン向けに開発され、すでに製品になっていたものです。それを航空用のエンジンに応用しました。

炎を分けるという発想が、問題を解いた。

3. 水素で飛ぶための、三つの難所

【図3】

ただし、これで水素航空機ができるわけではありません。難所は三つあります。

一つ目は、燃やし方。今回進んだのがここです。

二つ目は、積み方。水素は体積が大きく、液体にするには極低温が要ります。同社は液化水素の貯蔵タンクへの充填試験に、国内で初めて成功しています。

三つ目は、載せ方。タンクの形と置き場所が、機体の設計そのものを変えてしまいます。

この三つは別々の問題ではありません。タンクが大きくなれば機体が変わり、機体が変われば飛び方も変わる。だから次の段階は、機体とエンジンとタンクを統合した、地上での実証になります。

この記事の限界

本稿は同社の発表と報道に基づくものであり、筆者が技術を検証したものではない。「9割減」「世界最高の水準」はいずれも発表および報道による表現である。

また、これは地上での試験である。2030年という年は中核技術の開発期間の区切りであり、実用化の時期ではない。水素で飛ぶ旅客機は、世界のどこにもまだ存在しない。

燃焼の仕組みについての説明は、筆者が理解した範囲での要約である。図も模式的なものであり、実際の燃焼器の構造を示すものではない。

4. 派手ではない。だが、前へ進んでいる

【図4】

この連載では、事故と数字を扱うことが多くあります。ですが今日の話は、その逆の側にあります。

誰も死んでいません。何も壊れていません。エンジンが始動し、回転が上がり、巡航相当の運転をして、加速と減速をして、止まった。それだけです。

それだけのことに、5年かかっています。

そしてまだ、空は飛んでいません。機体に載せる段階にも至っていない。実用化までの道のりは、まだ長い。

それでも、始動から停止までの一連の運転を、水素だけで通して確かめた。これは確かな一歩です。

現場のパイロットとして

私はいま、新しい動力の航空機の開発に、技術顧問として関わっています。だからこの種の発表を読むときの感覚が、少し変わりました。「成功した」という一行の裏に、何年分の失敗があるかが、想像できるようになったのです。

そして心を打たれたのは、発電用のガスタービンの技術を持ってきたという部分でした。ゼロから発明したのではない。すでにあるものを、違う場所で使った。

Vol.159で、音速を超えた飛行の最も重要な装備が箒の柄だったことを書きました。前へ進むのは、たいてい手元にあるものを別の使い方で試した人です。炎を分けるという発想も、たぶんそういうものだったのだと思います。

結論

10月8日、水素だけを燃料とする小型航空エンジンが、始動から停止まで一連の運転を終えました。窒素酸化物の排出は、従来の1割ほどに抑えられたと報じられています。

解き方は、大きな炎を一つ作るのをやめ、小さな炎を無数に分散させることでした。もとは発電用に作られた技術の応用です。

水素で飛ぶ旅客機は、まだ世界のどこにもありません。それでも、確実に前へ進んでいます。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿は2026年10月時点の公開情報に基づく。筆者が技術を検証したものではない。これは地上での試験であり、2030年は開発期間の区切りであって実用化の時期ではない。図はいずれも筆者による模式的な整理である。

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