規格を書く人と、飛ばす人ー後編

UPRT


遙かなる大空 VOL.157

規格を書く人と、飛ばす人

後編 2009年から2028年まで
17年前に生まれた言葉が、2年後に義務になる。

この記事の要点(約8分)

  • 2009年、4か月足らずで278名が亡くなった。どちらも失速から回復できなかった事故である。
  • 同じ年、ロンドンの会議で「UPRT」という言葉が生まれ、ICATEEが設立された。2014年に国際標準となる。
  • 規格を書く側と実機で飛ばす側は対立していない。同じ会議室から出てきた。

皆さんこんにちは。前編では1990年代から2009年までを辿りました。手引きはできたのに規則にはならず、装置の限界、実機の壁、合意の不在という三つの壁が残ったところまでです。

それを解いたのは、技術ではありませんでした。

1. 2009年、二つの事故

【図1】

2009年2月12日、ニューヨーク州バッファロー近郊。進入中の旅客機が失速し、墜落しました。機上の49名と地上の1名、計50名が亡くなっています。

2009年6月1日、大西洋上。リオデジャネイロからパリへ向かっていたA330が、速度管の着氷から失速に入り、回復できないまま墜落しました。228名。

4か月足らずで、278名。どちらも機体が壊れたわけではありません。どちらも、失速からの回復ができなかった事故でした。

前編で書いた三つの壁は、この二つの事故を前にして、議論の余地がなくなりました。

2. ロンドンの会議室で起きたこと

同じ2009年、ロンドンで一つの会議が開かれます。

【図2】

英国王立航空協会が主催した、失速と機体制御の喪失に関する会議でした。ここで「UPRT」という言葉と考え方が形になります。

集まった顔ぶれが重要です。機体メーカー、訓練機器メーカー、各国の当局、研究機関、操縦士団体、そして実機訓練の事業者。

前編で書いた三つの源流が、ついに同じ部屋に入ったのです。文書を書く人、空力を調べる人、実際に教える人。

会議の直後、ICATEEという委員会が設立されます。拡張包囲における航空訓練のための国際委員会。主導したのは、オランダの航空工学者でした。

そして2013年12月17日、ICATEEはICAOへUPRTマニュアルの内容を提出します。これが2014年にICAO Doc 10011として発行されました。

いま日本の通達が参照している文書です。

UPRTという言葉は、2009年に生まれた。17年前には、まだなかった。

3. 規格を書く人と、飛ばす人

ここから、現在の構図につながります。

【図3】

UPRTの世界には、大きく二つの型があります。

一方は、規格を書く側です。出自は航空工学と研究。持っているのは知見と手法で、機体は持ちません。売るのはプログラムの設計と助言であり、顧客は航空会社と各国の当局です。重点は「早い段階で認識すること」に置かれています。

もう一方は、実機で飛ばす側です。出自は曲技飛行と軍の教育。機体と教官と訓練施設を持ち、売るのは訓練そのもの。操縦士を一人ずつ乗せて飛ばします。重点は「驚いても身体が動くこと」です。

日本の通達は、この二つにきれいに対応しています。模擬飛行装置による訓練が7-2、実機による訓練が7-1。

そしてここが大事なところです。この二つは対立していません。2009年の同じ会議室から出てきたからです。過去には共同で教材を作ったこともあります。

違うのは、売っているものです。

この記事の限界

本稿は公開資料と報道をもとにした、筆者による整理である。関係者への取材は行っていない。「二つの型」という分け方も筆者の見方であり、定説ではない。

また、特定の企業や個人を評価するものではない。いずれの立場も、この分野の発展に不可欠な役割を果たしてきた。

そして筆者は実機によるUPRTの事業化を構想する立場にあり、中立ではない。実機の側を重く描いている可能性を自覚している。

4. 19年かけて、日本に届いた

【図4】

その後の歩みを並べます。

2010年8月、米国で航空安全・FAA拡張法が成立。Vol.142で書いた1,500時間ルールです。2014年、ICAO Doc 10011が発行。2019年3月12日、米国では定期便の模擬飛行装置にUPRT用の適格性審査が必須となり、同じ年に欧州でUPRTが義務化されます。

そして2025年11月27日、日本で通達が制定され、2028年4月1日に適用が始まります。

2009年の事故から、19年です。

日本が遅かったわけではないと思います。順番として、ここに来ただけです。規則は、人が亡くなってから動きはじめ、そしてゆっくり届く。それがこの19年の形でした。

ただし、残された時間はあと18か月しかありません。模擬飛行装置の側には海外の専門家が動いています。実機の側は、国内に提供者がいません。

現場のパイロットとして

2回にわたって歴史を辿って、いちばん感じたのは時間の長さです。1991年の事故から数えれば37年。2009年の会議から数えても19年。

そのあいだに、何人もの人が文書を書き、会議を開き、機体を飛ばしてきました。誰か一人の手柄ではありません。そしてその多くは、自分の名前が残ることを期待していなかったはずです。

来月、私はその系譜の端にある訓練を受けに行きます。17年前に生まれた言葉が、2年後に日本で義務になる。その間に立っていることの意味を、もう少し考えてから機体に乗りたいと思っています。

後編のまとめ

2009年、4か月足らずで278名が亡くなりました。同じ年にロンドンで会議が開かれ、三つの源流が同じ部屋に入ります。そこでUPRTという言葉が生まれました。

設立されたICATEEが2013年にICAOへ内容を提出し、翌年、国際標準になりました。いま世界には、規格を書く側と実機で飛ばす側がありますが、両者は同じ会議室から出てきています。

そして19年を経て、日本に届きました。17年前に生まれた言葉が、2年後に義務になります。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

  • NTSB 航空事故調査報告書 NTSB/AAR-10/01(コルガン航空3407便、2009年2月12日、機上49名と地上1名が死亡)。BEA 最終報告書(エールフランス447便、2009年6月1日、228名が死亡)。
  • 英国王立航空協会「International Conference on Flight Simulation」2009年、およびICATEE(International Committee for Aviation Training in Extended Envelopes)の設立と活動に関する公表資料 ― 2013年12月17日のICAOへの提出。
  • ICAO Doc 10011「Manual on Aeroplane Upset Prevention and Recovery Training」2014年発行。ICAO、Airbus、ATR、Boeing、Bombardier、Embraer による Airplane Upset Prevention and Recovery Training Aid 改訂第3版。
  • FAA ― 2019年3月12日以降、Part 121の高忠実度模擬飛行装置はUPRT用の適格性審査を受けることが必要。2010年航空安全・FAA拡張法(公法111-216)。EASA ― 2019年のUPRT義務化。
  • 国土交通省航空局 通達 国空安政第1903号(令和7年11月27日制定、令和10年4月1日適用)。関連記事:遙かなる大空 Vol.131「その規則を、誰が書いたのか」、Vol.142「そこで何を学んだかは、記録されない」、Vol.152「国が、LOC-Iを名指しした」、Vol.156「UPRTは、どこから来たのか」。

※ 本稿は2026年10月時点の公開情報に基づく、筆者による整理である。関係者への取材は行っていない。特定の企業や個人を評価するものではない。筆者は実機UPRTの事業化を構想する立場にあり、中立ではない。図はいずれも筆者による整理である。

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