8行になって、戻ってきた

安全・事故


遙かなる大空 VOL.158

8行になって、戻ってきた

2025年度の航空事故は8件、報告の総数は931件
そのうち5件は、この連載で追いかけた事案だった。

この記事の要点(約8分)

  • 2025年度の報告は931件。事故は6件から8件へ増え、重大インシデントは3件から2件へ減った。
  • 事故8件のうち5件はこの連載で扱った事案、2件は米国の空港で起きている。
  • 報告の増加を悪化と読むか、制度が働いたと読むか。この数字だけでは決められない。

皆さんこんにちは。Vol.150で、日本の空で報告された907件という数字を書きました。

その数字が、1年ぶん更新されていました。国土交通省航空局が公表した2025年度の「航空輸送の安全にかかわる情報」です。

読んでみて、二つのことに気づきました。一つは数字の動き方。もう一つは、中身が自分の書いてきたものと重なっていたことです。

1. 931件 前年より32件増えた

【図1】

2025年度の報告は合計931件。内訳は航空事故が8件、重大インシデントが2件、安全上のトラブルが921件です。

前年度と比べると、事故は6件から8件へ2件増え、重大インシデントは3件から2件へ1件減り、トラブルは898件から921件へ23件増えました。総数では32件の増加です。

ここで注意が要ります。事故と重大インシデントは別の区分です。足し引きして「全体では横ばい」などと語ることはできません。事故は人や機体が実際に傷ついた事態、重大インシデントは事故に至りかねなかった事態。数え方の根拠が違います。

2. 8件は、どこで起きたか

【図2】

事故8件の発生場所を見て、私は少し驚きました。

2025年4月、壱岐空港の北北東約31キロの海上。7月、米国チャールストン国際空港の誘導路上。11月、苫小牧沖の海上。12月に2件、秋田空港の北北西約23キロと、釧路空港の東の太平洋上。2026年1月、阿蘇山の火口付近。2月、米国ヒューストン空港。3月、三沢飛行場の西約6キロ付近。

このうち5件は、この連載ですでに題材にしていました。

阿蘇山の火口付近は、Vol.127で書いた、機体が8か月回収できずにいた事案です。三沢飛行場の西約6キロは、Vol.141で扱った鳥衝突。飛行は何事もなく終わったのに、9日後に大修理を要する損傷と判明して事故になった件です。

秋田と釧路の2件は、時期と場所からみて、Vol.139とVol.150で書いた機体の動揺による負傷にあたると思われます。そして米国の2件は、Vol.151で扱った地上での接触の類型です。

追いかけてきた個別の事案が、1年分の統計になって戻ってきた。

3. 「日本の航空事故」の数え方

ここで、数字の読み方について書いておきます。

【図3】

気づいていただきたいのは、2件が米国の空港で起きているという点です。

日本の航空運送事業者の機体であれば、どこで起きても日本の航空事故として報告されます。だから統計にはチャールストンもヒューストンも入ります。

そして航空法第76条が定める「航空事故」は、墜落、衝突または火災。航空機による人の死傷または物件の損壊。機内にある者の死亡または行方不明。航行中の航空機が損傷を受けた事態。この四つです。

だからこの8件に、墜落は一件も含まれていません。海上への不時着水、火口付近での機体の損傷、誘導路上での接触、機内での負傷。いずれも、人か機体が実際に傷ついている事態です。

「事故が8件」と聞くと大惨事を思い浮かべますが、中身は違います。区分を知ってはじめて、数字は読めます。

この記事の限界

本稿は報道と公表資料に基づく。8件それぞれの詳細な経緯や原因には立ち入っていない。多くは調査中であり、確定した結論は出ていない。

連載記事との対応づけは、公表された発生場所と時期から筆者が推定したものを含む。同一の事案であると確認できていないものもある。

また件数は報告されたものの集計であり、実際に起きたすべてではない。筆者は現役のエアラインパイロットであり、所属する会社の内部の運用については一切述べない。

4. 921件は、悪い数字なのか

【図4】

では、この増加をどう受け止めるべきか。

一つの読み方。トラブルが23件増え、事故も2件増えた。安全が悪化している。

もう一つの読み方。報告が23件ぶん増えた。見えていなかったものが見えるようになった。制度が働いている。

どちらが正しいかは、この数字だけでは決められません。

Vol.150で書いたとおり、この制度は自社で原因を究明し再発防止を図っている限り処分しないという思想で作られています。罰しないと決めたから、報告が集まる。

だとすれば、報告が減った年のほうが、危ういことすらあります。現場が出さなくなったのか、本当に減ったのか。見分けがつきません。

だから、数字は毎年並べて見るしかないのです。

現場のパイロットとして

この連載を書きはじめたころ、私は一つひとつの事案を追いかけていました。阿蘇の火口、三沢の鳥、秋田の揺れ。それぞれが別々の出来事でした。

それが1年分の統計になって、8行の一覧として戻ってきました。書いたときには、こうして並ぶとは思っていませんでした。

そして気づいたことがあります。一つひとつを追いかけていなければ、この8行はただの8行でした。場所と日付が並んでいるだけです。中身を知っているから、重さが分かる。統計を読むというのは、そういうことなのだと思いました。

結論

2025年度の報告は931件。事故8件、重大インシデント2件、トラブル921件。前年より32件増えました。

事故8件のうち5件は、この連載で扱った事案でした。そして2件は米国の空港で起きており、墜落は一件も含まれていません。

報告が増えたことを、悪化と読むか、制度が働いたと読むか。この数字だけでは決められません。だから毎年、並べて見るしかないのです。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿は2026年10月時点の公開情報に基づく。8件それぞれの経緯や原因には立ち入っていない。連載記事との対応づけは筆者の推定を含む。件数は報告されたものの集計である。筆者は所属する会社の内部の運用について一切述べない。図はいずれも筆者による整理である。

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