UPRT JAPAN 設立宣言——日本の空に、命を守る訓練を。

飛行機

皆さんこんにちは。吉川哲也です。

私はパイロットとして、ずっとこの問題を見てきた。日本にはUPRTを体系的に受けられる場所がない。世界基準の訓練が、日本にだけない。その空白を埋めるために、UPRT JAPANを設立する。

はじめに——このブログを書いている理由

今日、私はこのブログで一つの宣言をしたいと思っている。

UPRT JAPAN——日本初のUPRT(アップセット防止・回復訓練)専門訓練機関を設立する。

長年、日本の航空訓練の現場を見てきた一人のパイロットとして、ずっと感じていた問題がある。世界の航空安全基準がUPRTを「必須」と位置づけている一方で、日本にはそれを体系的に受けられる場所がない。この空白を、自分の手で埋めたい。それがこの宣言の出発点だ。

まず、UPRTとは何か。なぜ今それが必要なのか。読者のみなさんに丁寧に伝えたいと思う。


第一章 飛行機は「普通」の状態しか教えてくれない

パイロットの訓練は、どの国でも基本的に「正常な状態」を前提として設計されている。

離陸、上昇、巡航、降下、着陸——このサイクルを安全かつ効率よくこなすための訓練だ。計器飛行(IFR)、悪天候対応、エンジン停止への対処——こうした非常事態も訓練に含まれる。しかしそれらはすべて、「想定内の異常」への対処だ。

では「想定外」が起きたとき、パイロットはどうなるか。

答えは、正直に言えば「わからない」だ。

人間の感覚器官——特に内耳の前庭系——は、雲の中や夜間飛行で視覚情報を失うと、急速に狂い始める。「自分が傾いている」のに「水平に飛んでいる」と感じる。「降下している」のに「上昇している」と思う。こうした感覚の錯誤は、どれほど経験を積んだパイロットにも起こりうる。

そのとき、訓練されていないパイロットは本能的に「感覚に従って」操縦してしまう。しかしその感覚は嘘をついている。結果として、航空機はコントロールを失う。これを「LOC-I(Loss of Control In-flight=飛行中の操縦不能)」と呼ぶ。


第二章 LOC-Iという「見えない最大の敵」

世界の航空事故統計は、一つの不都合な真実を突きつける。

LOC-Iは、航空死亡事故の最大の原因だ。

ICAOの調査によると、2010年から2019年の10年間で、全航空死亡事故の約26%がLOC-Iに起因していた。それだけではない。死者数で見ると、LOC-I事故は他のカテゴリを大きく上回る。一旦コントロールを失った航空機が、乗員乗客全員の命を奪う確率はきわめて高いからだ。

多くの人が「墜落事故はエンジントラブルや悪天候が原因」と思っている。しかし実際には、機体とエンジンは健全なまま、操縦者がコントロールを失って墜落するケースが圧倒的に多い。

2020年1月26日、NBAレジェンドのコービー・ブライアントを乗せたシコルスキーS-76ヘリコプターが、カリフォルニア州の霧の中に消えた。パイロットは8,200時間のベテランだった。NTSBの調査は明確な結論を出した——「空間識失調によるLOC-I」。感覚が狂い、どちらが上かわからなくなった状態で山の斜面に突入した。

このような事故が、世界中で繰り返されている。そして日本だけが例外である理由はない。


第三章 UPRTとは何か——「感覚ではなく、訓練で飛ぶ」

UPRT(Upset Prevention and Recovery Training)とは、この問題に正面から向き合う訓練体系だ。

日本語に訳すと「アップセット防止・回復訓練」。「アップセット」とは、通常の飛行範囲を超えた異常な機体姿勢のことを指す。ピッチ(機首の上下角)が異常に高い・低い、バンク(横傾斜)が90度を超えている、速度が異常に速い・遅い——そうした「通常ではあり得ない状態」に陥ったとき、どう認識し、どう回復するかを体に叩き込む訓練だ。

UPRTは三つの柱で構成される。

防止(Prevention)——アップセットに至る前兆を認識し、そもそも異常姿勢に入らないための知識と判断力を養う。気象の読み方、自動操縦への依存リスク、空間識失調の仕組み——これらを深く理解することが第一歩だ。

認識(Recognition)——異常姿勢に入ってしまったとき、それをいち早く正確に認識する。パニックや本能的反応を抑制し、「今、何が起きているか」を冷静に把握する能力を訓練する。

回復(Recovery)——正しい手順で、最短時間で、正常姿勢に戻す。特に「反射的にやってはいけない操作」を体に覚えさせることが極めて重要だ。たとえば急降下中に本能的にエレベーターを引くと、機体に過大な負荷がかかって空中分解する可能性がある。正解は先にバンクを戻すことだ——これは知識だけでは足りない。実機で体験しなければ、緊急時に正しく動けない。

ICAO(国際民間航空機関)は2014年のDoc 10011でUPRTを体系化し、実機訓練を不可欠な要素として位置づけた。そして2022年からはエアラインパイロット候補者に対して、航空会社入社前のUPRT実機訓練を義務化した。世界の基準はすでに動いている。


第四章 なぜ日本には「UPRT」がないのか

率直に言う。

日本の航空訓練は優秀だ。安全意識も高い。JALとANAは世界トップクラスの安全記録を持つ。しかし、UPRTに関しては、世界から大きく遅れている。

その理由は複合的だ。

まず「制度が要求していない」。日本の航空局(JCAB)はICAOのUPRT義務化に沿った規制の整備を進めているが、体系的な実機UPRTを義務付ける制度はまだ十分ではない。制度がなければ、訓練機関が生まれにくい。

次に「訓練できる場所がない」。実機UPRTには特別な機体(エクストラ300など高機動性訓練機)と、それを操れるインストラクターが必要だ。現在の日本には、これが揃っていない。だから訓練を受けたいパイロットは米国のAPS Trainingなどに自費で渡航するしかない。

そして「危機感が可視化されていない」。日本では幸いにも大規模なLOC-I事故が少なかった。しかしそれは「訓練が十分だから安全」ではなく、「まだ起きていないだけ」かもしれない。

コービー事故から6年が経った2026年1月、FAAはすべてのパイロットに対して空間識失調訓練の強化を正式に推奨した。世界は動いている。日本が動くのを、ただ待っていていいのか。


第五章 UPRT JAPANを設立する

私はジェットスタージャパンのパイロットとして、日々空を飛んでいる。その傍ら、このブログ「遙かなる大空」で航空安全の問題を発信し続けてきた。

そしてこの問題に、もはや「発信するだけ」では向き合えなくなった。

UPRT JAPANを設立する。日本で初めて、UPRTに特化した専門訓練機関だ。

目指すのはシンプルだ。日本にいるパイロットが、日本国内で、世界水準のUPRTを受けられるようにすること。そして航空安全の文化を、パイロットだけでなく、整備士、CA、そして航空業界全体に広めること。

今日、世界最高峰のUPRT機関である米国のAPS Training(Aviation Performance Solutions)と、2025年12月に発足したばかりのUPRTA International(ワシントンDC)に、パートナーシップの打診メールを送った。

すべてはここから始まる。


第六章 あなたへのお願い

このブログを読んでくれているあなたに、三つのことをお願いしたい。

知ってほしい。 LOC-Iが世界最大の航空死亡事故原因であること。UPRTという訓練体系が、それに対する最も有効な答えであること。日本にはまだその場所がないこと。

話してほしい。 もしあなたが航空業界の方であれば、この問題を仲間と話してほしい。パイロットでも、整備士でも、CAでも。「日本でもUPRTが必要だ」という声が、業界の内側から上がることが変化を生む。

繋がってほしい。 訓練に参加したい、連携を考えたい、話を聞いてみたい——どんな形でも構わない。以下のメールアドレスまで連絡してほしい。

問い合わせメール:kikkawa@kfd.biglobe.ne.jp


おわりに

航空安全の歴史は、事故の後に進歩してきた。しかし本当は、事故の前に進歩できるはずだ。

「訓練を受けたパイロットは、生き残る確率が高い」——これはデータが証明している。APS Trainingの訓練を受けたデルタ航空パイロットの事例では、5年間・500万フライトの追跡調査で異常姿勢発生率が50%減少した。

訓練は、命を救う。

日本の空を飛ぶすべてのパイロットが、「万一のとき」に正しく動ける状態でいてほしい。そのための場所を、日本に作る。

これがUPRT JAPANの出発点だ。


著者プロフィール ジェットスタージャパン パイロット。元JAL。航空安全ブログ「遙かなる大空」運営。UPRT JAPAN 創設者(準備中)。

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