898件は、報じられないー令和6年度、日本の空で報告された907件

安全・事故


遙かなる大空 VOL.150

898件は、報じられない

令和6年度、日本の空で報告された907件
見えている部分は、全体の1%にすぎない。

この記事の要点(約8分)

  • 令和6年度の報告は907件。事故6件、重大インシデント3件、安全上のトラブル898件。
  • 事故6件のうち3件は揺れによる客室乗務員の負傷。乗客に負傷者はいない。
  • 自ら是正する限り処分しない。その設計があるから、898件が集まる。

皆さんこんにちは。この連載も150回目になりました。節目なので、日本の航空安全を一枚の絵にしてみようと思います。

国土交通省航空局が、「航空輸送の安全にかかわる情報(令和6年度)」を公表しています。日本の航空会社から国へ報告された、安全に関わる事案をすべてまとめた文書です。

読んでみて、最初に目を引いたのは件数の比率でした。

1. 907件のうち、報じられたのは9件

【図1】

令和6年度、日本の航空運送事業者から報告された事案は合計907件です。内訳はこうなっています。

航空事故が6件、重大インシデントが3件、そして安全上のトラブルが898件。

報道で目にするのは、上の9件です。898件は、ほとんど知られないまま処理されています。

ですがこの報告制度の目的は、まさにその898件を集めることにあります。報告書はこう述べています。事故や重大インシデントの原因を究明するだけでなく、そこに至らなかった事案の情報を航空関係者で共有し、予防に活用していくことが重要だと。

見えている部分は、全体の1%にすぎません。

2. 事故6件の、半分は揺れだった

その6件の中身を見て、私は声が出ました。

【図2】

6件のうち3件が、機体の動揺によって客室乗務員が負傷した事態です。

2024年4月1日、メルボルン発成田行きの便で客室乗務員4名が負傷し、うち1名が右下腿を骨折。9月4日、北京発羽田行きの便で1名が客席の仕切りに右脇腹を強打し、右第10肋骨を骨折。2025年1月8日、羽田発ロサンゼルス行きの便で5名が負傷し、うち1名が尾骨を骨折。

三件とも、負傷したのは客室乗務員だけです。乗客に負傷者は出ていません。

理由は、Vol.139で書いたとおりです。ベルトサインが点灯すると乗客は座ります。客室乗務員は、そこから仕事が始まります。

残る3件は、エンジンの回転数が低下したヘリコプターが強めに接地して搭乗者3名が重傷を負った事案、着陸滑走中の鳥衝突による機体の損傷、そしてシアトルの誘導路で駐機中の他機と翼端が接触した事案でした。

日本の航空事故の半分は、客室で起きている。

3. 898件を集めるための設計

では、なぜ898件もの報告が集まるのか。制度の思想が、報告書にはっきり書かれています。

【図3】

航空局は、航空会社が規定違反を起こした場合でも、自社で原因を究明し再発防止を図っている限り、不利益処分を行わない方針です。

理由も明記されています。処分を恐れて報告が出てこなくなれば、安全管理の仕組みそのものが育たないからです。

ただし例外が三つあります。意図的に行われた場合、隠蔽していた場合、そして同様の違反が繰り返されている場合。このときは「自社の安全管理により安全性を向上させることを期待することが困難である」として、処分が行われます。

令和6年度に実際に行われたのは、事業改善命令が3件、業務改善勧告が2件、厳重注意が3件。理由は、飲酒に関する事案、滑走路への誤進入、不適切な整備、そして不具合を認識しながら約1か月にわたって社内で報告や対応が行われなかった事案でした。

罰しないと決めたから集まる。ですが、黙っていれば罰する。この二つが対になっています。

この記事の限界

件数は報告された事案の集計であり、実際に起きたすべてではない。報告対象の範囲は過去に何度か見直されており、年度間の単純な比較には注意を要する。

本稿は処分を受けた事業者名を扱わない。報告書には記載されているが、個別の企業を論評することが本稿の目的ではない。いずれの事案についても、会社による対策と航空局の措置が併記されている。

筆者は現役のエアラインパイロットであり、所属する会社の内部の運用については一切述べない。

4. 見ている側の、規模と宿題

【図4】

報告を受ける側も、相応の規模で動いています。

令和6年度の安全監査は467件。うち33件は無通告でした。さらに実際の運航便に搭乗して行う監査が2,504回。その結果、是正を求めた事案が92件ありました。

そして報告書は、一つの事実を静かに記しています。昭和61年以降、一定規模以上の日本の航空会社では、乗客の死亡事故が起きていません。40年になります。

ですが、同じ報告書に気になる記述もありました。

日本の航空事故発生率は、令和元年度まで世界平均より低く推移していたが、令和2年度以降は上昇傾向にある。

5年の移動平均での比較です。コロナ禍による運航回数の激減が分母に効いている面もあるでしょう。それでも、報告書自身がこれを図で示し、文章で指摘していることの意味は小さくありません。

現場のパイロットとして

この150回、私は事故と重大インシデントばかり書いてきました。頂点の9件を追いかけてきたことになります。

ですが今日の資料を読んで思いました。898件のほうが、本当は主役なのではないか。誰も怪我をせず、報道もされず、ただ報告書に一行だけ残る。その一行を書いた人が、どこかに必ずいます。

別添の一覧を眺めていると、亀裂、腐食、取り付けの誤り、点検の漏れ。地味な事案が延々と並んでいます。そのひとつひとつに、見つけた人と、報告した人と、直した人がいる。40年の記録は、そうやって毎年あらためて守られているのだと思いました。

結論

令和6年度に報告された907件のうち、事故は6件、重大インシデントは3件。残る898件は、ほとんど知られないまま処理されています。

そして事故6件のうち3件は、揺れによる客室乗務員の負傷でした。日本の航空事故の半分は、客室で起きています。

罰しないと決めたから、898件が集まります。40年間の記録は、その898件の上に乗っています。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

  • 国土交通省航空局「航空輸送の安全にかかわる情報(令和6年度)」令和7年12月 ― 航空事故6件・重大インシデント3件・安全上のトラブル898件の計907件、各事案の概要と負傷の内容、処分の方針と実績、安全監査467件・搭乗監査2,504回・不適切事項92件、昭和61年以降の乗客死亡事故ゼロ、令和2年度以降の事故発生率の上昇傾向。
    https://www.mlit.go.jp/koku/content/001971592.pdf
  • 航空法第111条の4および航空法施行規則第221条の3 ― 安全上のトラブル等の報告義務の根拠。
  • 国際民間航空条約 第19附属書に基づく「航空安全プログラム」(平成25年10月制定)― 自社で原因究明と再発防止が図られている限り不利益処分を行わないという方針の根拠。
  • 関連記事:遙かなる大空 Vol.122「国が『罰しない』と約束した制度」、Vol.139「ベルトサインは、誰を守っているのか」、Vol.145「扉は、外に向かって作られた」、Vol.148「日本でも、いちばん危ないのは滑走路だった」。

※ 本稿は2026年10月時点の公開情報に基づく。件数は報告された事案の集計である。本稿では処分を受けた事業者名を扱わない。筆者は所属する会社の内部の運用について一切述べない。図はいずれも筆者による整理である。

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