保護が、消えるとき-『どこまで、機械が守るか』第2回

UPRT



遙かなる大空 VOL.175

保護が、消えるとき

シリーズ『どこまで、機械が守るか』第2回
制御則が落ちると、何が残るのか。

この記事の要点(約9分)

  • 制御則は段階的に下がる。高迎角保護は失われると「保護」から「警報」に変わる。させない仕組みが、知らせるだけの仕組みになる
  • 最後に残る機械バックアップは、進入着陸のための手段ではないと明記されている
  • 失速警報は対気速度が有効でなければ鳴らない。機首を上げると止まり、下げると鳴る。回復操作をするたびに警報が鳴ることになる

皆さんこんにちは。シリーズ『どこまで、機械が守るか』の第2回です。

前回、A320のノーマル則では操縦桿を引ききっても失速させることができないという話を書きました。

そして最後に、こう書きました。この保護は計算の産物であると。

今回は、その続きです。計算の材料が失われたとき、何が起きるか。

1. 落ちていく階段

【図1】

制御則は、ある日突然ゼロになるわけではありません。段階的に下がっていきます。

ノーマル則。5つの保護がすべて働いている状態です。

オルタネート則1。高迎角保護が失われます。荷重倍数とバンク角の保護は残ります。

オルタネート則2。姿勢とバンク角の保護も失われます。横の操縦が直接方式になり、操縦桿に対して機体がずっと敏感になります。

ダイレクト則。保護はすべてありません。操縦桿の倒し具合が、そのまま舵の角度になります。

そして機械バックアップ。コンピュータを介さない、最後の手段です。

下がるきっかけは何か。たいていはセンサーか計算機の故障です。対気速度を測る装置、慣性の基準装置、飛行制御計算機。これらが失われたり、値が食い違ったりすると、機械は「もう正しく計算できない」と判断します。

ここで覚えておきたいことが、ひとつあります。機械は、操縦士に許可を求めません。

「保護を外しますか」とは聞いてこない。表示盤に結果が出るだけです。そして次の瞬間から、手の中にあるのは別の特性を持った機体になっています。

しかも、こうした故障が起きやすいのは穏やかな巡航中ではありません。氷のある雲の中、乱気流の中、夜間。条件が悪いときほど、保護は外れやすい。

2. 保護が、警報に変わる

【図2】

ここが、今回いちばん伝えたいところです。

高迎角保護が失われると、代わりに何が来るか。失速警報です。

オルタネート則では、失速速度の1.03倍で警報が鳴ります。そして速度計から、α-protやα-maxの帯が消えます。代わりに、黒と赤の帯が現れる。

つまり、計器の見え方そのものが変わります。

ここで起きている変化を、一言で書きます。

保護は「させない」。警報は「知らせる」。

引ききってもα-maxで止まっていた機体が、引けばそのまま失速する機体になります。

そしてこの差を埋めるものは、ひとつしかありません。操縦する人間です。

具体的に言えば、こういうことです。これまで機械が引き受けていた「速度を見張る」「迎角を見張る」という仕事が、そっくり人間に返ってくる。

しかもその返却は、こちらの都合とは無関係に、突然行われます。

3. 何が残り、何が消えるか

【図3】

整理しておきます。

オルタネート則で残るのは、荷重倍数の保護です。構造を壊すような操作は、依然として止めてくれます。

姿勢の保護は消えます。機首上げ30度で止まっていたものが、止まらなくなる。

バンク角の保護は、オルタネート則1では残り、2では消えます。

高速度の保護も、警報だけになります。

そして着陸時には、100フィートでダイレクト則に移ります。これは故障ではなく、そういう設計です。

もうひとつ、表の最後の行を見てください。自動トリムです。ダイレクト則では、これがなくなります。

普段は意識しません。機械が勝手に取ってくれるからです。しかし、なくなった瞬間から、手でトリムホイールを回さなければ機体は釣り合いません。次の節で、この自動トリムが重要になります。

表で見ると分かりますが、「あり」が「警報のみ」に変わった時点から、守るのは人間の役目になります。

4. 最後に残るもの

【図4】

機械バックアップについても書いておきます。電気も、飛行制御計算機も失われたときに残る手段です。

縦の操縦は、水平安定板のトリムホイール。手で回します。小さく動かして、反応を待つしかありません。

横の操縦は、方向舵。踏めば、遅れて大きく傾きます。水平に戻す時機を先読みする必要があります。

この手段について、資料には重要な但し書きがあります。

これは「制御則を取り戻すまで経路を安定させるためのもの」であって、進入し、着陸するための手段ではない。

正直な記述だと思います。機械が守るという話は、ここで終わります。

5. 2009年6月1日

【図5】

ここから先は、実際に起きたことを書きます。

エールフランス447便。A330。リオデジャネイロからパリへ向かっていました。乗客216名、乗務員12名。

協定世界時の午前2時10分5秒。ピトー管が氷結しました。左の指示対気速度が、275ノットから60ノットへ落ちています。

この瞬間、機体はノーマル則からオルタネート則2へ移りました。自動操縦と自動推力が外れ、飛行指示器が消え、高迎角保護とバンク角の制限が失われました。横の操縦は敏感になりました。

なお、氷によるピトー管の閉塞は一時的なもので、通常1分から2分で回復します。実際、31秒後には左の速度が223ノットで有効に戻っています。

2時10分51秒、失速警報が連続して鳴り始めます。水平安定板は機首上げ3度から13度まで動き、機体は約38,000フィートまで上昇しました。

2時11分42秒。54秒鳴り続けた失速警報が、止まりました。高度は約35,000フィート、迎角は40度を超え、降下率は毎分約1万フィート。

2時14分28秒、記録が終わります。

228名全員が亡くなりました。生存者はいません。

6. トリムは、指示どおりに動いた

447便の経過に、もうひとつ書いておくべき数字があります。

水平安定板が、機首上げ3度から13度まで動いたこと。約1分かけてです。

これは故障ではありません。自動トリムが、正常に働いた結果です。

自動トリムの役割は、操縦桿から手を放しても、いまの状態が保たれるようにすることです。機首上げの入力が続けば、トリムはその状態を「新しい釣り合い」として記憶していきます。

普段は、これが実にありがたい機能です。手を放しても経路が崩れない。

ところが、機首上げの入力が続いた場合、トリムはその機首上げ姿勢そのものを、機体の標準状態にしてしまいます。

そうなると、あとから機首を下げようとしても、操縦桿を戻しただけでは足りません。トリムが機首上げのままだからです。

機械は、間違ったことを何ひとつしていません。言われたとおりに、忠実に動いただけです。

ここも、このシリーズの主題につながります。機械は指示を実行します。その指示が何を意味するかは、判断しません。

7. 正しい操作をすると、警報が鳴る

【図6】

なぜ、失速警報が止まったのか。

失速警報は、対気速度が有効でなければ鳴らない設計になっています。

迎角が極端に大きくなると、ピトー管と静圧孔に空気が正しく入らなくなります。対気速度の値が壊れ、機械はそれを「無効」と判定します。無効なら、警報は鳴りません。

逆に、機首を下げると迎角が小さくなり、対気速度が有効に戻ります。すると警報が鳴り出します。

もう一度書きます。

機首を上げると、警報が止まる。機首を下げると、警報が鳴る。

失速からの回復に必要な操作は、機首を下げることです。つまり、正しい操作をするたびに警報が鳴ることになります。

ここで大事なのは、これが欠陥ではないということです。地上や極端な低速では、迎角の値は意味を持ちません。無効な値で警報を鳴らし続ければ、別の害が出ます。無効なら鳴らさないというのは、理にかなった設計です。

設計として正しい。それでも、その場に居合わせた人間には、回復操作をするたびに警報が鳴るという状況が立ち上がる。

ここに、このシリーズの核心があると私は思っています。

機械は正しく設計され、正しく動いていました。保護が外れたのも、トリムが動いたのも、警報が止まったのも、すべて設計どおりです。

それでも、その場に立っている人間にとっては、すべてが同時に起きます。表示が消え、操縦が敏感になり、警報が鳴ったり止まったりする。

設計の正しさと、人間が置かれる状況の過酷さは、別の話なのです。

この記事の限界

本稿は制御則の考え方についての一般的な解説である。筆者が所属する会社の運航、手順、方針については一切述べない。数値や挙動は型式・仕様により異なり、実際に拠るべきは当該機の飛行規程および運航規程である。

事故については、公表された調査報告の記述に限って記した。乗務員の判断や操作の是非については、本稿では一切論じない。事故調査の目的は責任の追及ではなく再発の防止であり、本稿もその立場に立つ。経過の一部は報告書に基づく第三者の解析を参照しており、時刻や数値には幅がありうる。

また制御則の呼称や段階の分け方は、型式や世代によって異なる。本稿はA320系列とA330を念頭に置いた整理であり、すべての機体に当てはまるものではない。

現場のパイロットとして

制御則が落ちたとき、いちばん厄介なのは「手の中の機体が、さっきまでと別の機体になる」ことだと思っています。見た目も、座席も、計器の配置も同じです。変わるのは、操縦桿に対する反応だけ。

横の操縦が直接方式になれば、同じ入力で機体はずっと大きく動きます。普段どおりに操作した結果が、普段どおりにならない。これは、知識として知っていることと、身体が憶えていることの差が出る場面です。

そして警報の件です。正しい操作をすると警報が鳴る、という状況が成立しうる。こういうとき、人間は自分の操作を疑います。疑って手を戻せば、警報は止まる。止まれば、正しかったように思える。計器と警報だけを頼りにしていると、こうなります。だから実機で、身体にその感覚を通しておく必要があるのです。次回は着氷を扱います。保護が前提にしている数字そのものが変わる話です。

結論

制御則は段階的に下がります。高迎角保護が失われると、代わりに来るのは失速警報です。保護は「させない」。警報は「知らせる」。この差を埋めるのは、人間しかいません。

最後に残る機械バックアップについて、資料は正直に書いています。これは経路を安定させるためのものであって、着陸するための手段ではない、と。

そして失速警報は、対気速度が有効でなければ鳴りません。機首を上げると止まり、下げると鳴る。設計として正しく、それでも人間には過酷な状況が、そこに立ち上がります。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿は2026年11月時点の公開情報に基づく。数値は型式・仕様により異なり、実際の運航は当該機の飛行規程による。図はいずれも筆者による整理である。関連記事:Vol.174「引ききっても、失速しない」(シリーズ第1回)。

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