UPRT JAPAN INITIATIVE — VOL.12 / SUSTAINABLE AVIATION
その燃料は、
どこから来るのか。
— 持続可能な航空燃料(SAF)と、
日本の航空産業が直面する 2027年問題 —
執筆:UPRT JAPAN INITIATIVE 代表 吉川 哲也(現役エアラインパイロット)
公開日:2026年6月5日(Japan Drone 2026 会期最終日)
関連:第2回 持続可能な航空脱炭素化に関する有識者会議(2026年6月1日開催)
- 1. はじめに——台風6号の朝、Japan Drone 2026 最終日
- 2. SAF とは何か——基本のおさらい
- 3. 2027年問題——CORSIA 強制義務化が意味すること
- 4. 日本の SAF 需給ギャップ——本当に間に合うのか
- 5. なぜ SAF は高いのか——構造的な3つの理由
- 6. UPRT 視点で読み解く——燃料転換が現場にもたらすもの
- 7. eVTOL・AAM と SAF の関係——意外な接点
- 8. 国土交通省の方向性——6月1日の有識者会議から
- 9. UPRT JAPAN INITIATIVE として、新たに加えたい論点
- 10. 結びに——「目に見えない」ことの大切さ
- 11. 台風6号、それでも幕張で
- 参考資料
1. はじめに——台風6号の朝、Japan Drone 2026 最終日
本ブログを執筆している本日6月3日(金)の朝、千葉県幕張上空には台風6号の影響による雨雲が広がっています。Japan Drone 2026 は初日を迎えますが、午後からの開催となり、来場者の足元への影響が心配される一日となりました。
会期2日目(昨日)も含めて、本展示会では 「ドローン」「eVTOL」「AAM(次世代エアモビリティ)」 という3つのキーワードが熱く語られてきました。しかしその陰で、本ブログ既読の皆様にも、もう一つ、本日ぜひお伝えしたい重要なテーマがあります。
それは——SAF(Sustainable Aviation Fuel/持続可能な航空燃料)。
2026年6月1日、国土交通省で第2回「持続可能な航空脱炭素化に関する有識者会議」が開催され、日本の航空業界の脱炭素化の方向性が、いよいよ具体化しつつあります。そして、その向こうには 「2027年問題」 という、業界全体を揺さぶる分岐点が待っています。
本ブログ Vol.6「競争から協調へ」では国内航空ネットワーク維持の問題を、Vol.8〜10 World AAM Series では空モビリティの未来を論じました。本日は、その両方を貫く「燃料」という最も基層的な課題に踏み込みます。
2. SAF とは何か——基本のおさらい
まず、SAF(サフ)について、基本のおさらいから始めましょう。本ブログを継続的にお読みいただいている読者の方にも、SAF についてまだあまり詳しくない方が多いかもしれません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | Sustainable Aviation Fuel(持続可能な航空燃料) |
| 主な原料 | 廃食油、植物油、バイオマス、廃棄物、合成燃料(水素+CO2)など |
| CO2削減効果 | 従来燃料比で最大80%以上のCO2削減 |
| 技術的特性 | 既存のジェット燃料(Jet A-1)と 互換性あり(最大50%まで混合可能) |
| 機体改造 | 不要(既存の航空機・エンジンでそのまま使用可能) |
| 価格 | 従来燃料の2〜5倍程度(現状) |
SAFの最大の特徴は、「ドロップイン燃料」であるということ。これは、機体やエンジンに一切手を加えずに、既存の航空インフラの中で使える燃料という意味です。これが、航空業界が脱炭素化への切り札として SAF に大きな期待をかけている最大の理由です。
航空業界の脱炭素化において、電動化が現実的なのは小型機まで。長距離大型機の脱炭素化には、SAF が唯一の現実的な選択肢であり、これが業界全体で SAF への期待が極めて高い理由である。
3. 2027年問題——CORSIA 強制義務化が意味すること
そして、本記事の核心です。「2027年問題」とは何か。これは、国際民間航空機関(ICAO)が定めた航空業界の国際 CO2 削減枠組み「CORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)」が、2027年から全対象国の事業者に強制義務化される、という業界全体を揺るがす分岐点を指します。
| 期間 | フェーズ | 対象 |
|---|---|---|
| 2021〜2026年 | 自発参加フェーズ | 日本は自発参加国、JAL・ANA等が対象 |
| 2027〜2035年 | 強制義務化フェーズ | 中国・ロシア等を含む全対象国の事業者 |
| 〜2050年 | カーボンニュートラル達成 | 2050年までに業界全体で実現 |
つまり、来年2027年から、日本のエアラインを含む世界の主要航空会社は、CO2排出量を一定基準以下に抑える法的義務を負うのです。基準を超えた分は、SAF の利用かカーボンクレジットの購入で相殺する必要があります。
これは、本ブログ Vol.6 で論じた「実質赤字」状態にある日本の国内航空にとって、さらなるコスト圧力を意味する。SAFの価格は従来燃料の2〜5倍。カーボンクレジットの価格も上昇傾向。「協調」だけでは乗り越えられない、新しい次元の課題が、目の前にある。
4. 日本の SAF 需給ギャップ——本当に間に合うのか
日本政府は、「2030年までに国内ジェット燃料使用量の10%(約171万kL)をSAFに置き換える」という目標を掲げています。この目標達成のため、経済産業省は 3,368億円規模の SAF 製造・供給体制構築支援事業 を立ち上げ、276億円の新規予算(令和6年度)を計上しました。
需要と供給の現状
| 指標 | 2030年目標 |
|---|---|
| 国内需要量 | 約 171万 kL(国内ジェット燃料の10%) |
| 国内供給見込み | 約 192万 kL(石油元売り等の積み上げ) |
| 差し引き | +21万 kL(数字上は達成可能) |
| 不確実性 | 原料確保、技術開発、価格競争力に大きな課題 |
数字上は、2030年の需給がほぼ均衡しています。しかし、ここに大きな落とし穴があります。「原料確保や技術開発等の不確実性あり」と、政府資料自体が明記しているのです。
「廃食油」という象徴的な問題
SAF の原料として最も普及しているのが 廃食油 です。しかし、日本では深刻な問題が起きています:
日本国内で発生する廃食油の約3割が海外に輸出されている。そして、それを原料として海外で製造された割高なSAFを、日本が輸入している——という、極めて不合理な構造が現在進行形で起きている。
この構造を変えるため、JALや日揮ホールディングス、レボ・インターナショナル、ANA等が 「ACT FOR SKY」 という有志団体を設立し、国産SAFのサプライチェーン構築を推進しています。すでに業界横断で 46社(2025年3月時点) が参画していますが、本格的な国産化はまだまだこれからの状況です。
5. なぜ SAF は高いのか——構造的な3つの理由
SAF の最大の課題は、価格です。従来のジェット燃料(Jet A-1)の2〜5倍という現状の価格構造には、3つの構造的理由があります。
原料の希少性
廃食油・バイオマス・水素などの原料は、世界中で取り合いの状態。航空業界だけでなく、自動車(バイオディーゼル)、化学品、エネルギー全般から需要が殺到しています。
製造規模の小ささ
世界の SAF 製造能力は、まだ航空業界全体の需要に対して圧倒的に不足。大規模な石油精製所のような規模の経済が働かず、製造コストが下がりにくい構造です。
技術の多様性と分散
SAF には HEFA、ATJ、FT、PtL など複数の製造技術があり、それぞれが独立して開発・実証中。技術の収束が起きておらず、投資が分散する構造です。
6. UPRT 視点で読み解く——燃料転換が現場にもたらすもの
ここで、本ブログのコアテーマである UPRT・航空安全文化の視点から、SAF 転換が現場にもたらす「見落とされがちな課題」に触れておきたいと思います。これは現役エアラインパイロットでなければ気づきにくい論点です。
燃料が変わるとは、機材が変わること
SAF と従来のジェット燃料は、化学的にはほぼ同じです。しかし、現場のパイロット・整備士の視点では、いくつかの微細だが重要な変化が起きます:
| 領域 | SAFがもたらす変化と課題 |
|---|---|
| エンジン性能 | SAF混合比率による燃焼特性のわずかな変化。実運航データの蓄積が必要 |
| 燃料タンクシール | 芳香族成分の少なさが、ゴム製シールの劣化に影響する可能性 |
| 寒冷地運航 | 凝固点・粘性の微小な違いが、極寒地での挙動に影響する可能性 |
| 緊急時対応訓練 | SAFと従来燃料の混合比率による燃料系統トラブル時の対処の違い |
| 給油オペレーション | SAF認証燃料か否かの確認手順、トレーサビリティ管理 |
これらの変化は、いずれも「事故につながる致命的なリスク」とは言えないレベルです。SAFは技術的には十分検証されています。しかし、「現場の習熟」「訓練体系の更新」「マニュアルの整備」といった面で、業界全体での丁寧な対応が求められます。これは、まさに UPRT JAPAN INITIATIVE が一貫して訴えてきた「安全文化の再設計」の対象領域です。
7. eVTOL・AAM と SAF の関係——意外な接点
本ブログ Vol.8〜10 で論じてきた eVTOL/AAM の世界と、SAF の世界。これらは一見、別の領域に見えますが、実は 極めて重要な接点 があります。
SAFハイブリッドの可能性
本ブログでも繰り返し紹介してきた HIEN Aero Technologies の DRAGON+BUTTERFLY / DRAGONBLADE システムは、ガスタービンを用いたハイブリッドeVTOL です。このガスタービンは——SAF を直接燃料として使用できます。
これが意味することは大きい——純電動 eVTOL がバッテリー重量の制約に苦しむ中、HIEN型のSAFハイブリッドは「長距離・高ペイロード・低カーボン」の三要素を同時に実現できる可能性を秘めている。これは、SkyDrive・Joby・Archer などの純電動勢にはない、日本独自の戦略的優位性となりうる。
本ブログでも紹介してきた、HIENの機体ロードマップ(Dr-One→HIEN 2→HIEN 6→HIEN X)と、SAFの普及曲線が同時並行で進めば、2030年代後半には「完全SAF対応の有人eVTOLネットワーク」が日本で実現する可能性すらあります。これは、世界に誇れる日本独自の航空エコシステムです。
8. 国土交通省の方向性——6月1日の有識者会議から
2026年6月1日、国土交通省で第2回「持続可能な航空脱炭素化に関する有識者会議」が開催されました。第1回(2026年4月6日)から約2ヶ月、議論は具体化のフェーズに入っています。
議論の核心3点
| 論点 | 議論の方向性 |
|---|---|
| 規制と支援のパッケージ | SAF利用義務化(規制)と税制優遇・補助金(支援)の組み合わせ |
| 国産化の促進 | 廃食油の国内還流、バイオマス活用、国産木材由来エタノール(森空バイオリファイナリー) |
| アジア展開戦略 | SAF地産地消ロールモデル確立、アジア圏への国産SAF展開 |
これらの議論が、本ブログ Vol.6 で論じた「競争から協調へ」の業界構造転換と並行で進んでいる事実は、見逃せません。日本の航空業界は今、構造・人材・燃料という3つの軸で、同時に再設計の渦中にあるのです。
9. UPRT JAPAN INITIATIVE として、新たに加えたい論点
本シリーズで論じてきた論点に、本日 SAF・脱炭素化という新たな軸を加えるなら、UPRT JAPAN INITIATIVE の今後の取り組みは、以下のように整理できます。
📋 UPRT JAPAN 5本柱(更新版)
第5の柱「脱炭素時代の運航文化」は、本日初めて UPRT JAPAN INITIATIVE の取り組み体系に正式に加える論点です。これは単にSAFの利用を推進するということではなく、「脱炭素化が現場の運航・訓練・安全文化にどう影響するか」を体系的に整理し、業界全体への提案を行っていく領域です。
10. 結びに——「目に見えない」ことの大切さ
燃料は、私たちの日常からほとんど見えない存在です。空港の地下を流れるパイプライン、夜間にひっそり給油される航空機、そして大気中に放出される燃焼ガス——どれも、乗客には見えない。しかし、それこそが航空業界の基盤です。
2027年、CORSIA が強制義務化されます。SAF への転換が、否応なく現実となります。本ブログ Vol.6 で論じた「実質赤字」、Vol.7 で論じた「タイヤ事案」、Vol.11 で論じた「サイバーセキュリティ」——これらすべての課題に、SAFという「燃料の課題」が重なって、日本の航空業界は歴史的な転換期を迎えています。
空は、燃料でできている。
その燃料が、いま、変わろうとしている。機体が変わり、規制が変わり、業界構造が変わり、
そして、燃料そのものが変わる。
この変化のすべてを、日本の航空業界は
あと数年で乗り越えなければならない。
11. 台風6号、それでも幕張で
本日6月5日、Japan Drone 2026 は最終日を迎えています。台風6号の影響で午後からの開催となりますが、会場では多くの出展者・来場者が、本ブログで論じてきた課題に向き合う対話を続けています。
雨の中、もしお時間とご都合が許せば、ぜひ会場にお越しください。本ブログ Vol.1〜12 を通して論じてきた論点が、すべて会場のどこかで議論されています。そして、UPRT JAPAN INITIATIVE 代表の吉川も、会期最終日、会場のどこかで皆様をお待ちしています。
JAPAN DRONE 2026 — FINAL DAY
本日6月5日(金)
午後より開催(台風6号影響)
幕張メッセ 国際展示場
最終日、雨の中、お会いできることを楽しみにしています。
参考資料
📚 公式・行政資料
- 国土交通省「第2回 持続可能な航空脱炭素化に関する有識者会議」2026年6月1日
- 経済産業省「2030年における持続可能な航空燃料(SAF)の供給目標量の在り方」資源エネルギー庁
- 経済産業省「持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に向けた施策の方向性について」
- 国土交通省「SAFの利用・供給拡大に向けた『規制』と『支援策』のパッケージ(案)」
- ICAO「CORSIA: Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation」
📰 業界団体・企業情報
- ACT FOR SKY(JAL・ANA・日揮ホールディングス・レボ・インターナショナル等46社)
- JAL サステナビリティレポート「SAFの開発促進と活用」
- 森空バイオリファイナリー(日本製紙・住友商事・Green Earth Institute)
- HIEN Aero Technologies「DRAGON+BUTTERFLY / DRAGONBLADE」公式資料
📖 UPRT JAPAN INITIATIVE 関連シリーズ
- Vol.1:UPRTがパイロットにもたらす本質的な利益
- Vol.2:日本のパイロット養成に革命を
- Vol.6:「競争から協調へ」— 25年ぶりの構造転換
- Vol.7:同じ滑走路で、4日間に2件
- Vol.8-10:World AAM Series(日本→ドバイ→米国)
- Vol.11:幕張、開幕。 — Japan Drone 2026 初日レポート
- Vol.12:その燃料は、どこから来るのか。(本記事)
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