機体は、もうすぐできる。 では、誰が飛ばすのか

ドローン、空飛ぶ車

遙かなる大空 ── VOL.64

機体は、もうすぐできる。
では、誰が飛ばすのか

空飛ぶクルマが認証の最終段階へ。ドバイ、ニューヨーク、大阪。だが、その操縦席に座る「人」の話は、なぜか置き去りにされている。

今日は事故の話をお休みして、未来の話をしたい。空飛ぶクルマ ── eVTOLが、いよいよ「実験」から「実用」へと足を踏み入れつつある。この夏、その号砲が次々と鳴っている。ただ、華やかなニュースの陰で、私がずっと気にかけている問いがある ── 「その機体を、誰が操縦するのか」。今日はそこを掘り下げたい。

2026年夏、実用化の号砲

まず、どこまで来たのかを確認しよう。米国のジョビー・アビエーションは、FAAの型式証明5段階のうち最終段階(第4〜5段階、型式検査承認=TIA)に入り、FAA適合機の飛行試験を開始した。競合のアーチャー・アビエーションも「適合性証明の方法(MoC)」の受理を100%完了。この夏には、FAAと運輸省による統合パイロット事業(eIPP)が、26州・8プロジェクトで実機の実証飛行を始める。海外では、ジョビーがドバイで6年間の独占運航権を得て、4階建てのバーティポート(離着陸場)から年内の商用開始を狙い、アーチャーもアブダビでの launch を計画する。4月には、ジョビーのeVTOLがJFKからマンハッタンまでを約7分で飛んで見せた。車で1時間の距離が、7分。誇張ではなく、現実の話だ。

日本も無縁ではない。ジョビーはANAと組み、2025年の大阪・関西万博で公開飛行を実施した。都市の空を移動する時代は、確実に近づいている。

機体の認証は、ゴールではない。
それを飛ばす「人」がいて、初めて空は開く。

19,000人という、静かな難問

ここで、あまり報じられない数字を挙げたい。あるコンサルティング会社の試算では、2030年までに世界で約19,000人のeVTOLパイロットが必要になるという。しかも、これは既存の深刻なパイロット不足 ── 別の大手は「世界で30万人の新規パイロットが必要」と見積もる ── の上に、積み増しで求められる人数だ。機体の量産は進む。バーティポートも建ち始めた。だが、その操縦席を満たす人材の供給計画は、機体開発のスピードに、まったく追いついていない。空飛ぶクルマ最大のボトルネックは、実はバッテリーでも法規でもなく、「人」かもしれないのだ。

新しい乗り物には、新しい操縦の難しさがある

さらに厄介なのは、eVTOLが「パワードリフト」という、飛行機ともヘリコプターとも異なる新しいカテゴリーの乗り物だという点だ。垂直に上がり、水平に飛び、その間を遷移する。この遷移の局面は、飛行の物理が刻々と変わる、最も繊細な領域である。分散配置された多数のローター、フライ・バイ・ワイヤ、自動化への高い依存 ── 便利さの裏で、いざ異常が起きたときの挙動は、従来機の経験だけでは読み切れない。つまりeVTOLは、「誰でも簡単に飛ばせる乗り物」ではなく、むしろ「新しい異常事態の可能性を抱えた乗り物」でもある。だからこそ、驚愕への耐性、異常姿勢からの回復、自動化が破れた時に手で立て直す力 ── UPRTが鍛えてきたものが、新しい機体でこそ、いっそう重要になる。

進んでいるもの
  • 機体の型式証明(最終段階へ)
  • 量産体制とバーティポート整備
  • 運航の実証(eIPP・海外都市)
置き去りにされがちなもの
  • パイロットの供給計画(19,000人)
  • パワードリフトの操縦資格・訓練体系
  • 異常時に手で立て直す力(UPRT)

パイプラインを、いま作る

先進企業は、この問いに気づき始めている。ジョビーは自前の飛行学校(アカデミー)を持ち、まずは軽量機での基礎訓練から、将来のパワードリフト資格へとつなぐ「人材のパイプライン」を築こうとしている。示唆的なのは、その入口が、大掛かりなジェットではなく、軽量機による地道な基礎訓練だという点だ。空飛ぶクルマの操縦士は、いきなり空から降ってはこない。裾野の広い基礎訓練から、一段ずつ育てるしかない。

これは、私がUPRT JAPANとLSAフライトスクールで目指している構想と、そのまま重なる。若い世代に空への扉を開くLSAスクールという「入口」。世界標準の異常姿勢回復を教えるUPRTという「安全の核」。そして、次世代機を開発するHIENのような現場との連携という「出口」。機体・訓練・人材を一本の線でつなぐこと ── それが、日本が「空飛ぶクルマの時代」に乗り遅れないための、地に足のついた準備だと私は考えている。

── 空を変えるのは、機体か、人か

技術の進歩は、いつも機体から始まる。だが空を本当に変えてきたのは、その機体を安全に操り続けた「人」の側の進化だった。ジェットが登場したときも、自動化が進んだときも、最後に安全を担保したのは訓練だった。空飛ぶクルマも、同じ道を辿る。華やかな初飛行の映像の隣に、静かな訓練場の風景を置くこと ── それが、この時代を地に足のついたものにする。

機体は、もうすぐできる。バーティポートも建つ。

残された最大の問いは、「誰が、安全に飛ばすのか」。
その答えを育てる仕事を、いま始めたい。

新しい空こそ、UPRTは「あれば良い訓練」ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN INITIATIVE / 現役エアラインパイロット

数字は嘘をつかない ── UPRT は「あれば良い訓練」ではない。

出典・参考資料

  1. eVTOL.Travel「eVTOL Timeline 2026」/「Certification Tracker」── ジョビーがStage 4/5(TIA)、アーチャーがMoC受理完了、eIPPが26州8プロジェクトで2026年夏に実証飛行、ドバイ/アブダビ商用計画、JFK→マンハッタン約7分デモ(2026年4月)。evtol.travel
  2. datadeep.tech「The eVTOL Reckoning of 2026」── KPMG試算で2030年までにeVTOLパイロット約19,000人、CAE試算で世界の新規パイロット約30万人の需要。パイロット供給・保険・資本が主要ボトルネック。datadeep.tech
  3. Autonomy Global「What to Expect in 2026 for Advanced Air Mobility」── Joby Aviation Academy(軽量機RV-12iSによる基礎訓練→将来のパワードリフト資格へ)、ANAとの提携・大阪関西万博での公開飛行。autonomyglobal.co
  4. 本ブログ Vol.54(電動航空シンポジウム EAS 2026)/Vol.55(CBTA/EBTと世界の訓練改革)/Vol.60(MOSAICと日本)── 関連する論点。数値は各調査会社の試算であり、前提により幅がある。

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