「あいだ」を、いま飛んでいる ——Eveが入った“転換”フェーズ

ドローン、空飛ぶ車

遙かなる大空 Vol.87

「あいだ」を、いま飛んでいる
——Eveが入った“転換”フェーズ

2026年8月3日、エンブラエル系Eveの電動エアタクシーが初の「部分転換飛行」を実施。
垂直から翼支持へ——eVTOL開発で最も難しいとされる領域に、いよいよ足を踏み入れた。

2026年8月3日、Eve Air Mobility(エンブラエルが支配株主のeVTOL企業)が、電動エアタクシーの初の「部分転換飛行」を実施したと発表した。飛行中に初めて機体後方のプッシャープロペラを作動させ、垂直飛行から翼支持飛行(wingborne)へ移る「転換(transition)フェーズ」の入り口に立った、という節目だ。

記録された数字は控えめに見える。安定速度27ノット(最大30ノット)、プッシャーは最大1,200回転、飛行時間3分9秒、距離およそ0.84海里、最高高度は地上90フィート。ブラジルのガビアン・ペイショットで、無人の実大試作機「Eve 100」が飛んだ。だが、この3分間の意味は小さくない。ここは、私が以前オスプレイを取り上げた回(Vol.81)でも書いた、パワードリフト飛行で最も難しい領域——「転換」の入り口なのだ。

「転換」とは何か——揚力の“受け渡し”

Eveの機体は、ナセルを傾けるティルトローターではなく、「リフト+クルーズ」型だ。垂直専用のリフトローターでヘリのように浮き上がり、前進は翼と機体後方のプッシャープロペラが担う。つまり転換とは、プッシャーで加速しながら、機体を支える揚力を「ローター」から「翼」へと受け渡していく数十秒のことである。

この受け渡しの最中、機体はローターにも翼にも“完全には”乗っていない。低速で、揚力配分が刻々と変わり、非対称も出やすい。ティルトローターとは仕組みが違っても、直面する本質は同じ——「あいだ」こそが、最も繊細な領域なのだ。

なぜ「3分・27ノット・90フィート」が節目なのか

派手さのない数字だ。しかし本質は、数字の大きさではなく「規律ある包絡線拡大(envelope expansion)」という手法にある。Eveは2025年12月に初ホバー、2026年5月までにホバー&低速ブロックを計59回以上の飛行で終え、そして8月3日、初めてプッシャーを作動させて“部分的な”転換に踏み出した。年内には完全な翼支持飛行を狙う。

そして特筆すべきは、その先の計画だ。転換を成立させた後、Eveはモーター停止などの「制御された故障」をあえて投入し、システムの反応を観察して、安全手順と操縦手順(プロトコル)を精緻化するという。一足飛びに最難関へ跳び込むのではなく、包絡線を一点ずつ広げ、危険はわざと・管理下で試す。これこそ飛行試験の規律である。認証はANAC・FAA・EASAと進め、適合試作機6機、就役目標は2028年だ。

「地味な一歩こそ、最も難しい空へ踏み出す“規律”の証だ。」

「あいだ」に、新しいアップセットが棲む

なぜ転換がこれほど難しいのか。ローターにも翼にも完全には乗っていない低速の領域では、揚力の受け渡しが進行し、非対称が生じやすく、そしてこの最中の「故障」が最も重い意味を持つ。ここは、固定翼にもヘリにもない、eVTOL固有の新しいアップセット領域だ。かつてオスプレイをはじめとするパワードリフト機が高い代償を払って学んだ教訓が、電動の姿で再来している。だが悲観する話ではない。備えは三つある——第一に、危険域に入らせないエンベロープ保護を「設計」に組み込むこと(Eveのフライバイワイヤはまさにこれだ)。第二に、包絡線を一点ずつ広げ、故障を意図的に試す飛行試験の規律。第三に、いずれ有人運航に入るときのこの領域の乗員訓練——パワードリフト時代のUPRTである。Eveが「制御された故障」で操縦手順を磨くという姿勢は、まさにこの発想の延長線上にある。

🛩 HIENと、日本のAAM

HIENのテストパイロットとして、私はこの一歩を注意深く見ている。転換をもつeVTOLは、いずれ皆この領域と向き合う。伝えたいのは「eVTOLは危険だ」ではない。「転換は、敬意を払い、設計し、訓練すべき領域だ」ということだ。

日本のAAMも商用化(2027〜28年頃)へ進む。そのとき私たちは、この規律を“輸入”して受け継ぐべきで、事故で学び直すべきではない。輸入するのは規律、繰り返さないのは失敗だ。そして包絡線を守り、いざというとき回復するUPRTの文化は、パワードリフトの時代にこそ、最初から組み込まれているべきだと思う。

結論

27ノットで90フィートを3分。世間の見出しにはならない一歩だ。だが、空を知る者にとっては、最も難しい領域へ、静かに、一点ずつ踏み出す規律の一歩に見える。Eveは「あいだ」を——慎重に、データを積み上げながら——飛び始めた。その忍耐こそが、安全を“買う”のではなく“稼ぐ”方法だ。新しい機体であっても、最後に包絡線を守るのは人であり、その備えがUPRTである。

数字は嘘をつかない——UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 合同会社 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考文献
  • Eve Air Mobility「Eve Air Mobility Achieves First Transition Flight Milestone…」2026-08-03(PR Newswire/eveairmobility.com). https://www.eveairmobility.com/
  • FlightGlobal「Eve begins challenging ‘transition’ phase of air taxi flight-test programme」2026-08-03/04.
  • AeroTime/Air Data News「Eve first partial transition flight(pusher propeller activation)」2026-08.
  • Embraer/Eve プレスリリース(初飛行 2025-12-19、ホバー&低速ブロック完了 2026-05、認証 ANAC/FAA/EASA、EIS 2028).

※ 本稿は2026年8月4日時点の公開情報に基づく。図はいずれも仕組みを説明するための模式図・概念図であり、実機の形状・性能を正確に表すものではありません。

#Eve #eVTOL #エアタクシー #transition #転換フェーズ #リフトクルーズ #パワードリフト #エンベロープ保護 #AAM #航空安全 #UPRT #UPRTJAPAN

コメント

タイトルとURLをコピーしました