パイロットになるには、いくらかかるのか

LSA 軽スポーツ航空機


遙かなる大空 VOL.135

時間を買う側から、売る側へ

パイロットになるには、いくらかかるのか
英国・豪州・米国に学ぶ、日本に合った育て方

この記事の要点(約8分)

  • 飛行時間をお金で買う構造は、最初の約250時間については世界共通である。
  • 違うのは回収の仕組みと、その先の階段。英国は会社が、豪州は国が、米国は仕事が、本人の負担を分け持っている。
  • 奨学金は人を救うが構造は変えない。入口を安くし、階段を作り、返し方を変えることが日本に必要だと考える。

皆さんこんにちは。先日、同僚の客室乗務員から声をかけられました。「自分もパイロットになりたい。どうしたらいいですか」。

嬉しい質問でした。そして、すぐには答えられない質問でもありました。どの道を示しても、その先に大きな金額が立ちはだかるからです。

今日は、この問いを正面から考えます。飛行時間をお金で買うという構造は、世界共通なのか。そして、日本に合ったパイロットの育て方はあるのか。

1. 日本でパイロットになる、四つの道

【図1】

一つ目は航空会社の自社養成です。会社が費用を持ち、給与を払いながら育ててくれる。最も恵まれた道ですが、門は極めて狭い。

二つ目は航空大学校。国の養成機関で、学費は私大より大幅に低い。ただし定員は年108名です。

三つ目は私立大学のパイロットコース。4年間の総額はおよそ2,800万円から3,700万円、そのうち飛行訓練費が約7割を占めます。

四つ目は海外で自費で取る道。米国で事業用から定期運送用の要件に届くまで、おおむね8万から11万ドル。円に直して1,200万から1,700万円ほどで、帰国後に日本の免許への書換が必要になります。

狭い門をくぐれなければ、残るのは一千万円単位の道です。「一般の人には高嶺の花」という言葉は、誇張ではありません。

2. 誰が払うのか ― 三つの国の答え

では、海外ではどうなっているのか。調べてみて、面白いことに気づきました。

【図2】

英国のブリティッシュ・エアウェイズは、Speedbird Pilot Academyという制度で訓練費10万ポンド(約2100万円)を全額負担しています。2026年は1,800万ポンドを投じて最大160名。修了すれば同社の操縦士として採用されます。

ただし、過去の募集には2万5,000人を超える応募がありました。そして英国の現役パイロットによる解説では、この制度の訓練生は入社後しばらく、通常より低い給与で働くとされています。会社が払った訓練費は、給与で回収されているわけです。

豪州は国が貸します。航空の職業課程には政府のVET Student Loansが使え、2026年の貸付上限は1課程あたり9万6,467豪ドル(約1100万円)そして年収が6万7,000豪ドル(750万円)を超えるまで、返済は始まりません。返済は税の仕組みで行われます。

米国は本人が払います。定期運送用の要件に届くまで、おおむね8万から11万ドル(約1260~1740万円)。ここだけ見れば日本の海外自費と同じ構造ですが、米国には決定的な違いがありました。

どの国も、訓練費は安くありません。違うのは、回収の仕組みです。給与で、税で、あるいは仕事で。本人が最初に一括で背負わずに済む設計がある。

3. 時間を買う側から、売る側へ

【図3】

冒頭の問いに答えます。飛行時間をお金で買う構造は、最初の約250時間については世界共通です。自家用、計器、事業用。この段階は、どの国でも誰かが代金を払っています。

違うのはその先です。米国では、教官資格を取った瞬間から報酬を受け取りながら飛行時間を積めます。訓練事業者の公表値では、教官は月に60から80時間を記録し、18から24か月で1,500時間に届く。教官資格を取った後の自己負担は、ほぼゼロになるとされています。

つまり米国では、時間を買う側から、売る側へ回れる。教えることが、そのまま次の段への階段になっている。

日本には、この階段がありません。教官の職は少なく、訓練生を集める小型機の世界そのものが細い。だから日本では、最初の250時間の費用がすべて本人に残る。

4. 奨学金は、効くのか

日本にも手当てはあります。国土交通省がANAとJALの協力を得て2018年度に始めた無利子貸与型奨学金「未来のパイロット」です。1人あたり500万円、卒業後10年で返済。

ありがたい制度です。ですが数字を並べると限界も見えます。500万円は私大の総額の15%前後。貸与の枠は1学年あたり25名から30名程度です。

英国の全額負担も、2万5,000人を超える応募に160名。奨学金は、選ばれた人を確かに救います。ですが、構造は変えません。

構造に効いているのは、豪州の方式だと私は考えています。要件を満たせば借りられ、一定の収入を得るまで返済を求めない。途中で挫折した人を、借金だけ抱えさせて放り出さない設計です。

この記事の限界

各国の制度は大きく単純化している。金額は公表値に基づく概数で、為替は1ドル150円前後で換算した。費用は訓練地、機材、進度で大きく変わる。

米国の「1,500時間」は、同国の定期航空会社が副操縦士にも定期運送用の資格を求めることから生じる要件である。日本の航空会社は、はるかに少ない飛行時間で採用している。したがって米国の階段をそのまま持ち込むことはできず、日本での意味は「時間を稼ぐ場」より「収入を得ながら経験を積む場」に近い。

また、米国で2026年7月に全面施行されたMOSAIC規則は米国の制度であり、日本の軽量スポーツ機の扱いは異なる。そして筆者はLSAと実機UPRTの事業化を構想している立場にあり、本稿は中立ではない。

5. 日本に合った、三つの層

【図4】

では日本はどうすればいいのか。私は三つの層で考えています。

一つ目は、入口を安くすること。軽量スポーツ機で基礎を固める。燃料も整備も軽く、最初の数十時間の単価を下げられます。米国ではMOSAIC規則が2026年7月に全面施行され、失速速度などの性能で定義される新しい軽量スポーツ機が、訓練にも使えるようになりました。日本でも同じ発想の枠組みを作る価値はあります。

二つ目は、階段を作ること。教官として報酬を得ながら経験を積める職を、国内に作る。ここで効いてくるのが、Vol.130で書いたUPRT通達です。2028年4月以降、事業用操縦士と操縦教育証明の取得には実機によるUPRTの経歴が必要になる。訓練校には実機を教えられる教官が必要になり、それは若い操縦士の職になりえます。

三つ目は、返し方を変えること。「未来のパイロット」を、豪州のような所得連動の貸与へ育てる。一定の収入を得てから返す仕組みにすれば、若い人が数千万円の借金を背負って一歩を踏み出す必要はなくなります。

現場のパイロットとして

同僚への答えとして、いま私が言えることを書いておきます。

まず、第1種航空身体検査を受けてください。費用は数万円で、ここで通らなければどの道も閉じます。一千万円単位の決断をする前に、最も安く、最も確実に分かることから確かめる。

次に、一度だけ小型機に乗ってみてください。体験飛行で構いません。客室から見る空と、操縦席から見る空は違います。

そのうえで、年齢、手元の資金、使える時間を並べて、四つの道を比べる。私に言えるのはそこまでです。そして、そこまでしか言えない今の構造を、少しずつ変えたいと思っています。

結論

飛行時間をお金で買う構造は、最初の約250時間については世界共通です。違うのは、その先に階段があるかどうか。米国には、教えることで時間を売る側に回れる階段があります。

奨学金は選ばれた人を救います。ですが構造を変えるのは、入口を安くすること、階段を作ること、返し方を変えることの三つです。

客室で働く人が、操縦席を夢見る。その夢が、家計の事情だけで閉じない国にしたい。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿は2026年9月時点の公開情報に基づく。金額は概数で、為替は概算である。筆者はLSAと実機UPRTの事業化を構想する立場にあり、中立ではない。図はいずれも筆者による整理である。

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