保険会社が、UPRTに値段をつけた

UPRT



遙かなる大空 VOL.179

保険会社が、UPRTに値段をつけた

2026年11月2日の発表から
「あれば良い訓練」には、誰も値引きはしない。

この記事の要点(約9分)

  • 11月2日、米国の航空保険会社がUPRT受講者の保険料を5%控除すると発表。保険料は、その業界が最も正直に出す「リスクの値段」である
  • IATA調査では、商業航空の死亡事故の44%、全死亡者の60%がLOC-I。ビジネス機では死亡者の83%という数字も出ている
  • 同報告の核心は「手動操縦ができないことから生じたのではない。手動操縦に移る判断が遅れたか、なされなかったことから生じている」

皆さんこんにちは。今回は、先週出たばかりのニュースを取り上げます。

11月2日、米国の航空保険会社が、ある発表をしました。UPRTを受講した契約者の保険料を、5%下げる。

この種のニュースは、普通なら業界の片隅で流れて終わります。しかし私は、これはかなり重い出来事だと思っています。

理由は一つです。保険料というものが、どういう性質の数字かということです。

1. 何が発表されたか

【図1】

発表したのは、5X5 Aviation Insuranceという会社です。ミネアポリスに拠点を置き、高性能機の所有者と操縦士を対象に、代理店を通さない直販でやっています。現在40州で営業し、本土48州への拡大を予定しているとのことです。

相手は、Aviation Performance Solutions。アリゾナ州メサのフェニックス・メサ・ゲートウェイ空港を拠点とするUPRTの専門機関です。Extra 300Lを6機、Marchetti S211を3機、計9機の訓練機を保有しています。

内容はこうです。

5X5の契約者で、過去12か月以内にAPSの対象となるUPRT課程を修了した者は、保険料の5%を控除される。同社の「Safety Rewards」という制度の一環です。あわせて、APSの一部課程で優遇価格と内容の格上げが受けられるとされています。

5X5のダグ・ティブス氏は、こう述べています。「技量に投資する操縦士は、安全に投資しているのだと、我々は考えている」

2. 保険料は、本音の見積もりである

【図2】

なぜ保険会社が、こんなことをするのか。

善意ではありません。保険会社は、安全のために頑張っている人を応援するという理由で、保険料を下げたりしません。

下げるのは、下げても損をしないと数字で読めているからです。受講した契約者の支払実績が、受講していない契約者より低い。あるいは、低くなると見込める。それだけの理由です。

ここが重要なところだと思います。

保険料とは、その業界が最も正直に出す「リスクの値段」です。広告でも、建前でも、業界団体の提言でもありません。自社の金が出ていく話なので、嘘をつく動機がありません。

その数字が下がったということは、リスクが下がると読まれたということです。

「あれば良い訓練」に、誰も値引きはしません。

3. LOC-Iという、最大の死因

【図3】

では、何のリスクが下がると読まれたのか。LOC-I——制御の喪失です。

IATAが、2009年から2018年までの10年間、商業航空のLOC-I事故を分析した報告があります。数字を挙げます。

10年間で64件。年平均ほぼ7件。

死亡事故135件のうち60件、44%がLOC-Iでした。

そして全死亡者4,075人のうち2,462人、60%がLOC-Iによるものでした。

件数で44%、死者数で60%。一度起きると、死者数が多くなる類型であるということです。

ビジネス機の世界では、さらに極端な数字が出ています。先月発表された分析では、米国国家運輸安全委員会の事故記録を独自に集計した結果、法人・社用機区分の死亡者のうち83%がLOC-Iだったと報告されています。

なお、この2つの数字は直接比べられるものではありません。対象も期間も集計の方法も違います。ただ、どちらを見ても結論が同じ方向を向いているということは言えます。

機械の故障でもなく、天候そのものでもない。制御の喪失が、最大の死因であるという話です。

4. 「操縦できなかった」のではない

【図4】

同じIATA報告に、私が最も重いと思う一行があります。

LOC-I事故は、手動操縦ができないことから生じたのではない。手動操縦に移る判断が、遅れたか、なされなかったことから生じている。

腕の問題ではない、と書いてあるのです。

報告が挙げている数字も並べておきます。環境面の脅威としては気象が最多で44%。運航者側の脅威としては機体の不具合が最多で44%。そして手順の不遵守が42%、手動操縦と操縦装置の問題が42%の事故に現れていました。

さらに、回復を妨げたものとして挙げられているのが——自動操縦と飛行モードの混乱、注意の逸れ、状況認識の喪失、そして驚愕です。

第4回で書いた話が、そのまま事故報告の中に出てきます。

機械が人に返す。返された人が驚いている。そして判断が遅れる。この構図が、10年分の事故の統計として残っているわけです。

そして、ここがUPRTの話につながります。

判断が遅れるのを防ぐ方法は、知識を足すことではありません。一度やっておくことです。見たことのある状況なら、何が起きているかを考え直す必要がありません。

保険会社が5%という数字をつけたのは、おそらくそこを見ています。

5. 5%を、どう読むか

【図5】

ここは正直に書いておきます。

5%という数字で、UPRT課程の代金は回収できません。保険料の5%は、機体や経歴によりますが年に数万円から十数万円の水準でしょう。UPRT課程の費用は、それより一桁大きいのが普通です。

経済的に得だから受けなさい、という話にはなりません。

それでもこの発表が重いのは、向きが変わったからです。

UPRTが「余分な費用」ではなく、「リスクを下げる投資」として保険の算定に組み込まれた。前例ができたということです。

もう一点、見逃せないことがあります。この5X5のSafety Rewards制度が評価の対象にしているのは、UPRTだけではありません。法令の最低限を超える訓練。飛行データの共有。団体への参加。

「自主的に安全に投資している者を、安く引き受ける」という設計になっています。

飛行データを出すことまで評価されている点は、特に注目してよいと思います。自分の飛び方を見せる者ほど、安く引き受ける。これも、裏を返せば「見えないものは高く見積もるしかない」という保険の原理です。

6. 日本では、同じ訓練が割増になる

【図6】

最後に、個人的な話を一つ。

私は今月、このAPSで訓練を受けます。それに備えて、この数日、海外旅行保険の手配をしていました。

そこで分かったことがあります。日本の海外旅行保険では、航空機の操縦は「危険な運動」に分類されます。普通の契約では補償されず、特別危険担保特約をセットし、割増保険料を払う必要があります。

つまり、こういうことになります。

同じ訓練が、米国では保険料を5%下げ、日本では割増保険料の対象になる。

念のため書いておきますが、これは矛盾ではありません。保険の種類が違います。5X5が見ているのは機体と運航のリスクで、海外旅行保険が見ているのは私の身体のリスクです。どちらの計算も、それぞれの立場では正しい。

ただ、並べてみると見えてくるものがあります。UPRTという訓練が、日本の制度の中にまだ居場所を持っていないということです。

では、どうすれば居場所ができるのか。

答えは、おそらく今回のニュースの中にあります。5X5が動いたのは、数字が出たからです。

値段をつけてもらうには、まず数字を出すしかありません。受講者がいて、記録が残って、実績が積み上がる。その順番でしか進まないのだと思います。

順番を逆にはできません。「UPRTは有効だから割り引いてほしい」と言っても、保険会社は動きません。動くのは、支払実績の差が見えたときだけです。

米国にも、この制度は先週までありませんでした。11月2日に、初めてできたのです。

誰かが数字を集め、誰かがそれを読み、誰かが商品にした。5%という数字は、その積み重ねの結果です。日本でそれが始まっていないのは、当たり前のことで、始めなければ永遠に始まりません。

この記事の限界

筆者は今月、本稿で触れたAPSの訓練を受講する立場にある。利害関係があることを明示しておく。ただし本稿は同社からの依頼・対価・便宜によるものではなく、公開された発表に基づく筆者独自の論評である。特定の訓練機関や保険会社を推奨するものではない。

5X5の割引の具体的な算定根拠は公表されていない。「リスクが下がると読まれた」という本稿の解釈は、一般的な保険の仕組みからの筆者の推論である。対象となる課程の範囲、適用条件、更新時の扱いについても詳細は公表されていないため、実際の適用可否は同社に確認が必要である。また同制度は米国の一部の州における、特定の保険会社の商品に関するものであり、航空保険一般の話ではない。

IATAの数値は2009年から2018年の商業航空に関するものである。ビジネス機の83%という数字は別の分析によるもので、対象も期間も異なり、両者を直接比較することはできない。日本の保険に関する記述は、国内大手損害保険会社が公開しているパンフレットの記載に基づく一般的な説明であり、個別の契約内容は各社・各商品により異なる。筆者は保険の専門家ではない。

現場のパイロットとして

このニュースを見て、正直なところ少し複雑な気持ちになりました。私はいま、同じ訓練を受けるために割増保険料を払おうとしているところだったからです。片方では投資として割り引かれ、片方では危険な運動として割増される。同じ機体で、同じ教官のもとで、同じことをするのに。

しかし考えてみれば、米国にもこの制度は先週までありませんでした。11月2日に、初めてできたのです。誰かが数字を集め、誰かがそれを読み、誰かが商品にした。その積み重ねの結果が、5%という数字です。

日本にUPRTの受講者がどれだけいるか。記録がどれだけ残っているか。正直に言えば、まだ数字を出せる段階にありません。だからまず、受ける人を増やし、記録を残すところからだと思っています。私自身の訓練も、その一つに数えてもらえればと考えています。次回は、今週フロリダで起きた事故を取り上げます。

結論

11月2日、米国の航空保険会社がUPRT受講者の保険料を5%控除すると発表しました。保険料は、その業界が最も正直に出すリスクの値段です。善意では下がりません。

IATAの10年分の調査では、死亡事故の44%、全死亡者の60%がLOC-I。そして報告はこう書いています――操縦ができなかったのではない。操縦に移る判断が、遅れたのだと。

日本では、同じ訓練がまだ「危険な運動」です。値段をつけてもらうには、まず数字を出すしかありません。受ける人がいて、記録が残って、実績が積み上がる。その順番でしか進まないのだと思います。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

  • 「Aviation Insurer 5X5 Rewards UPRT Completion with Premium Discount」AIN、2026年11月2日 ― 5%の保険料控除、Safety Rewards制度、過去12か月以内の修了という条件、ダグ・ティブス氏(5X5マネージング・ディレクター)の発言。
    Aviation Insurer 5X5 Rewards UPRT Completion with Premium Discount | AIN
    Credit requires course completion within previous 12 months
  • 「Aviation Performance Solutions Partners with 5X5 Aviation Insurance to Offer UPRT Training Incentives」afm.aero、2026年11月5日 ― 両社の概要、APSの保有機材(Extra 300L 6機、Marchetti S211 3機)、Safety Rewards制度が評価する項目(法令を超える訓練、飛行データの共有、団体への参加)。
    https://afm.aero/aviation-performance-solutions-partners-with-5×5-aviation-insurance-to-offer-uprt-training-incentives
  • IATA『Loss of Control In-Flight Accident Analysis Report』2019年版 ― 2009年〜2018年の商業航空LOC-I事故64件、死亡者2,462人、死亡事故135件中60件(44%)、全死亡者4,075人中2,462人(60%)。気象44%、機体の不具合44%、手順の不遵守42%、手動操縦と操縦装置の問題42%。および「手動操縦に移る判断の遅れ」に関する結論。
    https://www.iata.org/contentassets/b6eb2adc248c484192101edd1ed36015/loc-i_2019.pdf
  • 「AINsight: Loss of Control Inflight Is Leading Killer in Business Aviation」Stuart “Kipp” Lau、AIN、2026年10月22日 ― 法人・社用機区分の死亡者のうち83%がLOC-Iであるとの分析。米国国家運輸安全委員会の事故記録に基づく。日本の海外旅行保険に関する記述は、国内大手損害保険会社が公開しているパンフレットの免責条項および特別危険担保特約の説明による。

※ 本稿は2026年11月時点の公開情報に基づく。図はいずれも筆者による整理である。関連記事:Vol.177「人は、驚くと間違える」。

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