人は、驚くと間違える-『どこまで、機械が守るか』第4回

UPRT



遙かなる大空 VOL.177

人は、驚くと間違える

シリーズ『どこまで、機械が守るか』第4回
機械の話から、人間の話へ。

この記事の要点(約9分)

  • 驚愕は身体の反射、驚きは認知の反応。手は1〜3秒で戻るが、「考える」働きは17〜60秒落ちたままになりうる
  • 人は「枠」を通して状況を見ている。作り直すべき場面で保持してしまうのが枠への固着。警報も隣席の声も、枠に合わなければ退けられる
  • 練習したはずの失速回復手順で、78%に誤りが出た実験がある。驚愕の反射は消せないが、驚きは減らせる

皆さんこんにちは。シリーズ『どこまで、機械が守るか』の第4回です。

ここまで3回、機械の話をしてきました。保護がどこまで守るか。それが消えるとき。そして、保護の前提が崩れるとき。

3回とも、最後は同じところに着きました。機械が、人に返す。

今回は、返された側の話です。

結論を先に書きます。返された人間は、その瞬間、普段の自分ではありません。

1. 驚愕と、驚きは別のもの

【図1】

まず、言葉を分けておきます。研究の世界では、この2つは別のものとして扱われています。

驚愕(startle)は、身体の反応です。突然の、強い、脅威となる刺激に対する、反射に近い生理的反応。まばたき、顔と首の筋肉の収縮、動作の停止、覚醒水準の上昇、そして恐怖。速くて、防御的です。

驚き(surprise)は、認知の反応です。すぐには説明のつかない出来事に出会ったとき、自分の理解のほうを作り直さなければならなくなる。遅くて、探索的です。

研究者が挙げている例が分かりやすいので、そのまま借ります。

落雷は、驚愕させる。しかし、あまり驚かせない。何が起きたかは、すぐ分かるからです。

自動操縦の微妙な振る舞いは、驚かせる。しかし驚愕させない。音もしないし、光りもしない。ただ、思っていたのと違うことが起きている。

操縦士にとって本当に危ないのは、後者のほうです。

2. 手は3秒で戻る。頭は60秒かかる

【図2】

では、驚愕したあと、どのくらいで元に戻るのか。

ここには、古いけれども手堅い実験の蓄積があります。米国連邦航空局が整理した報告があるので、そこから数字を引きます。

120デシベルの大きな音を聞かせると、反応時間の平均は約893ミリ秒。普通なら368ミリ秒程度のところです。ただし、2回目の音では416ミリ秒まで戻ります。

続いて、手を動かし続ける課題です。追従操作の最中に115デシベルの音を鳴らすと、誤差は最初の5秒で最大になり、10秒の時点でもまだ有意に悪いままでした。

そして、ここからが本題です。

頭を使う課題では、回復がはるかに遅い。暗算の成績は最初の30秒間、記号の照合は17秒から31秒にわたって落ちました。別の実験では、反応時間そのものは6秒で戻ったのに、誤答の多さは最初の1分間にわたって続きました。

整理するとこうなります。

単純な一動作なら、1秒から3秒。操縦のような連続的な動作なら、最初の1秒から3秒が最悪で、影響は10秒ほど。そして「何が起きているかを考える」働きは、17秒から60秒のあいだ落ちたままになりうる。

つまり、手はすぐ戻ります。戻らないのは、頭のほうです。

そして回復操作を決めるのは、手ではなく頭です。

60秒という長さを、少し考えてみてください。

降下率が毎分3,000フィートなら、60秒で3,000フィート下がります。機首が下がったまま加速していれば、その間に速度も増えます。何が起きているかが決まらないまま、状況のほうは進んでいきます。

第2回で扱った事故では、失速に入ってから記録が終わるまで、3分半余りありました。時間が足りなかったわけではないのです。

3. 人は「枠」で状況を見ている

【図3】

では、驚きのほうは何が起きているのか。

研究者は「枠(フレーム)」という言葉を使います。ばらばらの情報を結びつけて意味を与える、説明の型のことです。いま起きていることの「筋書き」と言ってもいいと思います。

人は、生の計器の値を見ているのではありません。筋書きを通して見ています。

たとえば巡航中なら、「安定している」という筋書きがあります。その筋書きの下では、速度計の小さな動きは「揺れ」として処理されます。同じ動きでも、「何かがおかしい」という筋書きの下なら、警告として読まれます。

同じ計器を、同じ目で見ている。それでも読み取る意味が違う。違っているのは、筋書きのほうです。

その筋書きと、目の前の情報とのずれが、ある閾値を超えたとき——人は驚きます。

このとき、人がとる道は3つしかありません。

1つめ、枠を保持する。情報のほうが見間違いだ、と判断する。

2つめ、枠を広げる。筋書きはそのままで、説明を足す。

3つめ、枠を作り直す。筋書きそのものを置き換える。

最も危ないのは、作り直すべき場面で、保持してしまうことです。これを「枠への固着」といいます。

固着が起きると、警報が鳴っていても、隣席が声を出していても、筋書きに合わない情報は退けられます。計器は見えている。意味のほうが入ってこない。

第2回で扱った事故も、この形で説明されています。乗務員の判断の是非を論じるつもりはありません。ただ、「筋書きが合っていなかった」という説明の仕方があることは、知っておく価値があります。

もう一つ挙げます。2013年、ある旅客機で、自動操縦が入っていないことに乗務員が気づくまで80秒かかったという事例が報告されています。計器は、ずっと正しく表示していました。

4. 78%が、間違えた

【図4】

ここまでは理屈です。では、実際の操縦士でどうなるか。

実験があります。いずれも、訓練を受けた現役の操縦士が対象です。

練習したはずの失速回復手順を実行させたところ、78%に誤りが出ました。

別の研究では、驚きを与える条件にすると、手順どおりに動けた度合いが、対照条件に比べて約25%落ちました。

さらに別の研究では、驚愕させる出来事を挟むと、およそ3人に1人で復行の開始が遅れました。

この3つの数字を、どう読むか。

知らなかったのではありません。練習していました。それでも出てこなかったのです。

「知っていること」と「できること」のあいだに、驚きが挟まっている。

私は、ここがUPRTの核心だと思っています。手順を覚えさせる訓練は、驚いていない人間を前提にしています。そして事故は、驚いている人間に起きます。

5. 何が、選択を誤らせるか

【図5】

枠の選択を誤らせる要因が、いくつか挙げられています。

ストレス。知覚も、評価も、行動も、枠の作り直しも、すべてを損ないます。判断が直感と偏りのほうに寄ります。

驚愕。それ自体がストレスをさらに強めます。

疲労。確証バイアスが強まり、意味づけの働きが落ちます。

わかりにくい計器。情報が読み取りにくければ、間違った筋書きは直りにくい。

そして、5つめ。

狭い訓練。圧力の下で、不適切な枠を選ばせる、と書かれています。

前の4つは、その場の条件です。眠くない日を選ぶことはできますが、空で疲れをなくすことはできません。

しかし5つめだけは、こちらで変えられます。

見たことのある状況が増えれば、選べる筋書きが増えます。訓練とは、手順を覚えることである以上に、筋書きの引き出しを増やすことなのだと思います。

6. 驚愕は消せない。驚きは減らせる

【図6】

ここで、はっきりさせておきたいことがあります。

驚愕の反射そのものは、訓練で消せません。まばたきも、筋肉の収縮も、動作の停止も、反射であって意思では止まりません。消そうとしなくていいのです。

変えられるのは、そのあとに来るものです。

一度見たことのある状況なら、枠を作り直す必要がありません。驚愕はしても、驚かない。これが、訓練で手に入るものの正体だと思います。

ただし、条件があります。

IATAの指針には、模擬装置について率直な記述があります。驚き・ストレス・驚愕の効果は、模擬装置では部分的にしか再現できない。そして、直感に反する操作は、実際の加速度のもとではさらに実行が難しくなる。

模擬装置が不要だと言っているのではありません。模擬装置でできることと、できないことを分けて書いてあるということです。

実機のUPRTに関するある論文は、冒頭にこういう一文を置いています。

恐怖を感じた人間は、訓練されたことしかしない。人は、場面に合わせて力を発揮するのではない。訓練の水準まで沈むのである。

シリーズを4回書いてきて、最後にたどり着いたのは、この一行でした。

次回は、最終回です。私自身がこれから受ける実機訓練の話を書きます。

この記事の限界

本稿は驚愕と驚きに関する一般的な解説である。筆者が所属する会社の運航、手順、方針については一切述べない。筆者は心理学の専門家ではなく、公開された研究の記述を操縦士の立場から整理したものである。

挙げた数値は、いずれも特定の条件下での実験結果である。回復に要する時間は刺激の種類・強さ・課題の性質によって大きく変わり、個人差も大きい。78%・25%・3分の1という値は、それぞれ別の実験で、別の条件・別の人数のもとに得られたものであって、相互に比較できるものではない。

事故の例は、説明の枠組みを示すために引いたものである。乗務員の判断や操作の是非については、本稿では一切論じない。事故調査の目的は責任の追及ではなく再発の防止であり、本稿もその立場に立つ。実際に拠るべきは当該機の飛行規程および所属組織の手順である。

現場のパイロットとして

定期的な審査で、予期していなかった事象を与えられることがあります。そのとき自分の中で何が起きているかを、言葉にできるようになったのは、こういう研究を読んでからでした。操作が遅れるのではなく、「何が起きているのか」が決まらない時間がある。その数十秒を、研究が実際に測っていたことに驚きました。

このシリーズを4回書いてきて、機械の側には一本の筋が通っていました。機械は、与えられた数字と比べているだけで、前提が崩れたことを知らない。そして、気づける立場にいるのは人間だけです。

ところがその人間が、返された瞬間にいちばん弱くなっている。これがLOC-Iという事故の形の、いちばん底にあるものだと思います。だから、せめて一度は本当に経験しておく。次回は最終回として、私自身がこれから受ける実機訓練の話を書きます。

結論

驚愕したあと、手は1秒から3秒で戻ります。しかし「何が起きているかを考える」働きは、17秒から60秒のあいだ落ちたままになりうる。回復操作を決めるのは、手ではなく頭のほうです。

練習したはずの失速回復手順で、78%に誤りが出た実験があります。知らなかったのではありません。驚いていたのです。

驚愕の反射は、訓練で消せません。消せるものではありません。しかし、一度見たことのある状況は、驚きにならない。訓練で手に入るのは、そこです。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿は2026年11月時点の公開情報に基づく。実験値はいずれも特定の条件下で得られたものであり、一般化には限界がある。図はいずれも筆者による整理である。関連記事:Vol.174「引ききっても、失速しない」、Vol.175「保護が、消えるとき」、Vol.176「氷が、数字を書き換える」。

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