飛べることと、飛ぶべきことは違うー台風の判断

安全・事故


遙かなる大空 VOL.134

飛べることと、飛ぶべきことは違う

台風25号、羽田と成田で相次いだゴーアラウンド
欠航は失敗か、それとも判断か。

この記事の要点(約7分)

  • 9月21日、台風25号の接近で羽田・成田は大きく乱れた。ANAとJALで275便が事前欠航、成田でも105便。4万人以上に影響。
  • 多くの機がゴーアラウンドした。ゴーアラウンドは失敗ではなく、安全装置が正しく働いた証拠である。
  • 運航か欠航かに完全な正解はない。違うのは、その損を誰が負うかである。そして取り戻せない損だけは、交換してはいけない。

皆さんこんにちは。9月21日は5連休の中日でした。帰省や旅行の便が集中する日に、台風25号が関東に接近しました。

羽田と成田では、多くの機がゴーアラウンドしていました。そして大量の欠航。空港で足止めされた方、旅行を諦めた方も多かったと思います。

こういう日に必ず出てくる問いがあります。「飛べたんじゃないのか」。あるいは逆に、「なぜこんな日に飛ばしたのか」。今日はこの問いを、操縦席の側から考えてみます。

1. 判断は、二日前から始まっていた

【図1】

報道によれば、羽田発着便を中心にANAで140便、JALで135便の欠航がすでに決まり、あわせて4万人以上に影響が出る見通しでした。成田でも9時の時点で105便が欠航。

見落とされがちなのは、この判断が当日に下されたものではないということです。両社は9月19日の時点で、振替と払い戻しの手数料を取らない「特別対応」を発表していました。二日前です。

そして羽田の気象台は、台風が近づくと航空会社向けに「台風説明会」を開いています。過去の資料を見ると、たとえば2018年の台風12号では、最接近の二日前に「風速40ノット、ガスト50ノット」という量的予想が示されていました。

判断の材料は、事前に渡されています。欠航は「天気のせいで起きたこと」ではなく、誰かが数字を見て決めたことです。

2. ゴーアラウンドは、失敗ではない

当日、多くの方がゴーアラウンドを経験されたと思います。着陸寸前でエンジンが唸り、機体が急に上昇する。客室にいると、何かが失敗したように感じられるはずです。

【図2】

ですが操縦席から見ると、まったく違います。

着陸には、満たすべき条件があります。一定の高度までに、速度、降下率、進路、機体の形態が安定していること。それが満たされなければ、やり直す。これは失敗ではなく、あらかじめ決められた手順です。

台風の日は、風が急に変わります。横風が強まり、突風が来る。2011年の台風6号の際、羽田の気象台は、シアーラインの通過で南風から北東風へ急変し、ゴーアラウンドが相次いだと記録しています。

だから私はこう考えています。ゴーアラウンドが多い日は、危ない日ではありません。パイロットが、正しく「やめる」判断をしている日です。

本当に怖いのは、やり直すべきときに、やり直さないことです。Vol.129で書いた「自動操縦から降りる勇気」と同じで、一度始めた進入をやめるには、勇気が要ります。その勇気を、今日たくさんのパイロットが使っていました。

エンジンが唸って上昇したとき、それは誰かが正しく判断した音です。

3. 前日に決めるか、当日に決めるか

では、運航を続けるのと、事前に欠航を決めるのと、どちらが正しいのか。

【図3】

事前に欠航を決めると、乗客は予定を組み替えられます。空港に人が溢れない。乗員の勤務計画も崩れない。ですが、結果的に飛べた便まで止まることがある。「飛べたじゃないか」と言われるのは、こちらです。

当日の状況で判断すると、飛べる便は飛ばせます。収入も守れる。ですがゴーアラウンドやダイバートが増え、乗客が予定と違う空港に降ろされることが起きる。そして何より、判断の圧力が操縦席に集まります。

どちらにも損があります。完全な正解はありません。違うのは、その損を誰が負うかです。

この記事の限界

本稿は特定の航空会社の判断を評価するものではない。実際の運航判断は、気象予報、機材繰り、乗員の勤務状況、空港の受け入れ能力、代替空港の状況など、外部からは見えない多くの要素を総合して行われている。

筆者は現役のエアラインパイロットであり、所属する会社の内部の判断過程については一切述べない。本稿は一般論として書いている。

また、今日ゴーアラウンドした便の個別の事情は筆者にはわからない。ゴーアラウンドの理由は風以外にもさまざまある。

4. 取り戻せる損と、取り戻せない損

ここで、リスクを分けて考えてみます。

【図4】

経済のリスクは、会社が負います。欠航すれば収入を失い、振替の費用もかかる。

時間のリスクは、乗客が負います。予定が崩れ、旅行が消え、仕事に遅れる。

身体のリスクは、乗客と乗員が負います。

そして判断の重さは、最終的に機長が負います。会社が運航を決めても、出発するか、着陸を試みるか、やり直すか、別の空港へ向かうか。その最後の一線は機長が引きます。

この四つを並べると、ある非対称が見えてきます。経済と時間の損は、取り戻せます。振替もあれば払い戻しもある。旅行は別の日に行ける。

身体の損だけは、取り戻せません。

だからこの四つは、同じ天秤に載せてはいけないのだと思います。取り戻せない損を、取り戻せる損と交換してはいけない。飛べることと、飛ぶべきことが違うのは、そこです。

現場のパイロットとして

正直に書きます。連休の中日に、満席の便を前にして「やめる」と言うのは、簡単ではありません。搭乗口に並ぶ家族連れが見える。この便を待っていた人の数が分かる。

そういうとき、判断は少しずつ「飛ぶ側」へ傾こうとします。誰かに言われたからではなく、自分の中から、そちらへ引っ張られる。この圧力は、外からは見えません。

だから私は、事前に欠航を決める会社の判断を、弱気だとは思いません。むしろ、操縦席に集まる圧力を、前もって取り除いてくれているのだと受け止めています。「飛べたじゃないか」という声は、誰も怪我をしなかった証拠でもあります。

結論

台風の日に、完全に正しい答えはありません。運航すれば別の損が生まれ、欠航すれば別の損が生まれます。

ただ、損には二種類あります。取り戻せるものと、取り戻せないもの。その二つを同じ天秤に載せた瞬間に、判断は歪みます。

今日、多くの機がゴーアラウンドしました。それは、飛べることと飛ぶべきことを、誰かが区別していた証拠です。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿は2026年9月21日時点の公開情報に基づく。特定の航空会社の判断を評価するものではない。筆者は所属する会社の内部情報について一切述べない。図はいずれも筆者による整理である。

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