ベルトサインは、誰を守っているのか

安全・事故


遙かなる大空 VOL.139

ベルトサインは、誰を守っているのか

7月21日、伊豆大島の上空で起きた航空事故
揺れで傷つくのは、座ることのできない人たちである。

この記事の要点(約8分)

  • 7月21日、伊豆大島付近で揺れにより客室乗務員が肋骨を骨折。航空事故に認定された。
  • 米国では事故の三分の一以上が乱気流によるもので、その多くが重傷を伴う。傷つくのは多くが客室乗務員である。
  • 北大西洋の重度の晴天乱気流は四十年で55%増加した。できることは、座っているあいだベルトを締めておくことだけである。

皆さんこんにちは。7月に起きたある出来事を、いま書いておきたいと思います。報道は小さく、すぐに流れてしまいました。

7月21日、日本航空672便。大分発羽田行き。伊豆大島付近の高度およそ5,500メートルを降下中、機体が突然揺れました。

客室乗務員1名が転倒し、肋骨を骨折しました。乗客に負傷者はいません。国土交通省は7月23日、これを「航空事故」に認定しています。

機体は無事に着陸しました。それでも航空事故です。

1. 伊豆大島の上空で

【図1】

乱気流に巻き込まれた可能性が高いとされ、運輸安全委員会が調査を続けています。原因はまだ分かりません。

ここで一つ、言葉の話をします。日本の航空法では、人が重傷を負えば、それは「事故」です。機体が無傷で、全員が降りて、翌日も同じ機体が飛んでいても、変わりません。

揺れは、事故になる。この感覚は、外からはあまり見えないかもしれません。

2. 事故の三分の一は、揺れである

どれくらい起きているのか。米国の数字が参考になります。

【図2】

NTSBが2009年から2018年の定期航空の事故を調べたところ、報告された事故の三分の一以上が乱気流によるものでした。そしてその多くが、一人以上の重傷者を伴っています。

墜落でも、火災でも、衝突でもない。揺れが、旅客機の事故のいちばん大きな部類だということです。

そしてここが、今日いちばん書きたいところです。傷つくのは、多くの場合、客室乗務員です。

理由は単純です。ベルトサインが点灯すると、乗客は座ります。客室乗務員は、そこから仕事が始まります。客室を確認し、荷物を押さえ、サービスを片づけ、声をかけて回る。座れるのは、それが終わってからです。

海外の報道では、客室乗務員が重傷を負う可能性は乗客の24倍とも伝えられています。7月21日の672便で、負傷したのが客室乗務員だけだったのは、偶然ではありません。

ベルトサインは、座れる人を守る仕組みである。

3. 空は、四十年で荒れた

もう一つ、無視できない変化があります。

【図3】

レディング大学の研究者らが2023年に発表した論文によれば、北大西洋のある一点における年間の晴天乱気流の持続時間は、1979年から2020年にかけて次のように変わりました。

軽度は466.5時間から546.8時間へ、17%増。中程度は70.0時間から96.1時間へ、37%増。そして重度は17.7時間から27.4時間へ、55%増。

強い揺れほど、増え方が大きい。二酸化炭素による大気の温暖化がジェット気流の風の傾きを強め、晴天乱気流を強めていると説明されています。

同じ傾向は、欧州、中東、南大西洋の主要航路でも確認されました。論文の共著者はこう述べています。気候変動が晴天乱気流を増やすという研究が十年続いたあと、いまや増加がすでに始まっている証拠が得られた、と。

この記事の限界

7月21日の事案は調査中であり、本稿は原因について何も述べない。乱気流とみられると報じられているが、確定した事実ではない。筆者は現役のエアラインパイロットであり、所属する会社の内部の判断については一切述べない。

「24倍」という数値は海外の報道によるものであり、算出の条件を筆者は確認できていない。方向として参考にとどめていただきたい。

乱気流の増加に関する数値は、北大西洋のある一点における再解析データの分析であり、日本周辺の空域にそのまま当てはまるものではない。日本付近も同じ傾向にあるかどうかは、別の検証を要する。

4. 見えない揺れ

ではなぜ、避けられないのか。

【図4】

積乱雲による揺れは、気象レーダーに映ります。水の粒を捉える装置だからです。だから私たちは事前に見つけ、迂回し、ベルトサインを点灯できます。

晴天乱気流は、映りません。雲がないからです。空は青く、機体は静かで、何の前触れもない。入ってみるまで分からないことがあります。

前を飛ぶ機からの通報や予報で、ある程度は避けられます。ですが完全ではありません。7月の672便は、降下中の出来事でした。

5. できることは、一つだけ

技術は進んでいます。乱気流を光で検知する装置の開発も進み、予報の精度も上がっています。ですが、いま乗る人にできることは、ほとんど一つです。

座っているあいだは、ベルトを締めておく。

サインが消えていてもです。きつくなくていい。腰の上に軽く回っているだけで構いません。締めているかどうかで、結果はまったく変わります。天井に体が当たるか、座席に留まるか。その差です。

2024年3月、ニュージーランド沖で787型機が突然の姿勢変化に見舞われ、50人が負傷しました。30人から40人が客室の天井に達したと伝えられています。ベルトを締めていた人は、その中にいません。

そしてもう一つ。通路に出る回数を、少しだけ減らす。それだけで、客室乗務員が立って移動する回数も減ります。

現場のパイロットとして

操縦席では、私たちもベルトを締めています。飛行中ずっとです。締めていなければ、天井に頭を打って操縦できなくなるからです。

ベルトサインを点灯するとき、私はいつも少し申し訳なく思います。乗客に座っていただく合図であると同時に、後ろの乗務員に仕事を増やす合図でもあるからです。揺れる中を歩いて客室を確認するのは、彼らです。

だから、お願いがあります。サインが点いたら、できるだけ早く座ってください。確認が早く終われば、その分だけ乗務員が早く座れます。あなたのベルトは、あなた以外の人も守っています。

結論

7月21日、機体は無事に着陸しました。それでも一人が肋骨を折り、航空事故として調査が始まっています。揺れは、事故になります。

米国では事故の三分の一以上が乱気流によるもので、その多くが重傷を伴います。そして傷つくのは、座ることのできない人たちです。

空は四十年で荒れました。技術は追いかけています。ですが今日できることは、座っているあいだベルトを締めておくこと。それだけです。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿は2026年9月時点の公開情報に基づく。7月21日の事案は調査中であり、原因については何も述べない。乱気流の増加に関する数値は北大西洋の分析であり、日本周辺にそのまま当てはまるものではない。図はいずれも筆者による整理である。

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