誰が払うのかが、変わりつつある

LSA 軽スポーツ航空機


遙かなる大空 VOL.127

誰が払うのかが、変わりつつある

ローマの飛行学校から見た、欧州のパイロット就職事情
NTRという言葉を、日本ではあまり聞かない。

この記事の要点(約7分)

  • 欧州ではNTR(型式限定なし)採用が主流になりつつある。型式訓練の費用を、航空会社が負担する形である。
  • その扉を開ける鍵がfATPL(凍結ATPL)。学科14科目とCPL・計器・多発を持ち、1,500時間に達していない状態を指す。
  • 日本の私大パイロットコースは4年で2,800万〜3,700万円。違いは金額ではなく、誰が払うかという設計にある。

皆さんこんにちは。今日はイタリアの飛行学校の記事を読み込んでみました。Aviomar Flight Academy。ローマのウルベ空港を拠点とする、創立43年のATOです。

最初に断っておきます。これは学校自身が発信している情報であり、宣伝でもあります。そのつもりで読みました。それでも、日本ではあまり語られていない事実がいくつも書かれていて、読む価値がありました。

1. ローマの飛行学校

【図1】

1982年の創立で、これまでに1,000名以上のパイロットを養成しています。機体は23機、シミュレーターは8基。そのうちA320のフルフライトシミュレーターが2基、ほかにサイテーションとリアジェットのFFSがあります。飛行学校というより、小さな訓練センターの集合体です。

拠点は三つ。ローマ・ウルベ空港、その北のモンテロトンド、そしてパルマ。教官陣の多くがアリタリア出身だと書かれています。

そして最も目を引いたのが、ライアンエアーのイタリア唯一の戦略的訓練パートナーだという点です。Future Flyer Academyという枠組みで三つのコースを提供しており、うちAb Initioコースの修了者には、737の型式限定を航空会社がスポンサーし、条件付きの内定が付くと明記されています。

ついでに言えば、コース一覧にはAdvanced UPRT(EASA)が並んでいました。欧州ではUPRTが、すでに学校の商品の一つとして棚に載っています。

2. NTRという言葉

この記事で一番の収穫は、二つの略語でした。NTRとfATPL。どちらも日本では、あまり話題になりません。

【図2】

NTRはNon-Type Rated、型式限定を持たない状態を指します。これまで、パイロットは応募する前に自費でA320やB737の型式限定を取る必要がありました。数百万円規模の自己負担が前提だったわけです。

ところが需要が高まったいま、多くの航空会社――とくに格安航空会社――が型式限定を持たない人を採用し、その訓練費を自社で負担するようになりました。記事はこれを「会社があなたに投資する」と表現しています。

そしてその扉を開ける鍵がfATPL(Frozen ATPL、凍結ATPL)です。学科14科目すべてに合格し、CPLと計器飛行証明、多発限定を持っている。ただし1,500時間に達していないため、ATPLとしては「凍結」されている。この状態が、欧州のNTR求人に応募する資格になります。

ライアンエアーは2034年までに年間3億人の輸送を目指しており、欧州最大のパイロット採用者だと記事は述べています。中東ではエミレーツが今後5,500人以上を採用する計画です。

人が足りなくなると、誰が費用を払うのかが変わる。

3. 日本との、本当の違い

【図3】

Vol.123でも触れましたが、日本の私立大学のパイロットコースは、4年間で2,800万から3,700万円かかります。うち飛行訓練費が2,000万から2,500万円。そして途中でドロップアウトすれば、戻ってきません。

欧州が安いという話ではありません。統合ATPL課程の費用は決して安くない。違うのは、負担の設計です。

学科と基礎訓練までは本人が払う。その先の型式限定は、雇う側が払う。どこまでが個人の投資で、どこからが企業の投資かという線が、引き直されているのです。

日本の自社養成は、この意味では優れた仕組みです。会社が全額を負担し、給与を払いながら育てる。ただし、入口が極端に狭い。私大ルートは入口が広い代わりに、全額が本人と家族の負担になります。

この二つの中間に、「学科と基礎は本人、型式は会社」という第三の形が日本にはほとんどありません。欧州が実際に運用しているのは、その第三の形です。

この記事の限界

本稿の欧州事情は、Aviomar Flight Academy という一つの学校の発信に依拠している。学校にとって「いま就職しやすい」と伝えることは、そのまま集客になる。数字や条件は割り引いて読む必要がある。

そして最も重要な前提として、欧州で働くにはEUまたは英国での就労資格が必要である。日本人にとってこの壁は低くない。「欧州は門戸が開いている」と単純には言えない。

また、格安航空会社の労働条件については欧州でも長く議論があり、過去には争議も起きている。本稿はそれらを評価するものではない。

4. ある教官の言葉

同じサイトに、もう一本の記事がありました。アンソニー・ヴィトロ機長へのインタビューです。20年のエアライン経験を経て、いまは型式限定教官(TRI)と審査官(TRE)を務めている方です。

【図4】

彼は自分の経験から、こういう式を作ったと語っています。成果は、素質と訓練の和に、意欲を掛けたもの。才能があっても意欲のない学生は遠くへ行かない。平凡な才能と鉄の意志を持つ者は、例外的な成果を出す。

掛け算にしているところが正確だと思います。意欲がゼロなら、素質も訓練も意味を失う。

恐怖についての一節も印象に残りました。「何も恐れない」と言うパイロットは心配になる、と彼は言います。恐怖は倒すべき敵ではなく、管理すべき味方である。リスクへの健全な敬意が、人を注意深くさせ、慎重な判断へ導く。訓練で教えるのは恐怖を消すことではなく、それを集中力と状況認識に変えることだ、と。

そして教官としての最大の恐れは何かと問われて、彼はこう答えています。エンジン故障でもなく、学生が試験に落ちることでもない。学生の期待を裏切り、その潜在能力を引き出せないことだと。

さらに、「良いパイロットであることは、良い教官であることの条件を満たさない。教育の技能は別に必要である」とも述べています。

昨日私が書いたこととほぼ同じです。ローマの教官と日本のブログが、別々にたどり着いた。おそらくこれは、どこの国でも同じ壁なのだと思います。

現場のパイロットとして

ヴィトロ機長の「継続学習の姿勢を持て」という助言に、こうありました。良いパイロットは、自分が到達したとは決して思わない。規則は変わり、技術は変わり、一便ごとに経験が積み重なる。学び続ける謙虚さこそが、偉大な職業人の証だ、と。

こういう言葉が、学校の宣伝記事の中に普通に置かれていることが、私には印象的でした。売るための文章の中でも、伝えるべきことは伝えられる。自分の書くものについても、同じことを考えました。

結論

欧州で起きているのは、訓練費用の負担者が移動しているということです。人が足りなくなれば、雇う側が払うようになる。市場が当たり前に働いているだけとも言えます。

日本には、自社養成という優れた仕組みと、私大という高額なルートがあります。その中間が、ほとんど空白です。

2030年問題を本気で解くなら、議論すべきは入口の数だけではありません。誰がいくら払うのか、その設計そのものです。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿の欧州事情は一社の発信に依拠しており、宣伝的性格を含む。条件は航空会社・時期により異なる。図はいずれも筆者による整理である。

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