その実機に、誰が同乗するのか

飛行機


遙かなる大空 VOL.125

その実機に、誰が同乗するのか

下地島12年ぶり、ポルトガルで19人 ― 実機訓練への回帰
パイロット不足の本体は、教官不足である。

この記事の要点(約7分)

  • ANAが下地島空港でのパイロット訓練を約12年ぶりに再開。9月にはエアバスと包括契約を結び、ポルトガルで19人の養成を始める。
  • エアバスの予測では、今後20年で世界に63万3,000人の新規パイロットが必要。アジア太平洋だけで10万4,000人。
  • だが問題は生徒の数ではない。その実機に同乗する教官を、どこから連れてくるのか。

皆さんこんにちは。今週、二つのニュースが重なりました。どちらもANAの話です。

一つは、宮古島市の下地島空港でのパイロット訓練を、今年11月から約12年ぶりに再開するというもの。阪部亮取締役執行役員フライトオペレーションセンター長らが沖縄県と宮古島市を訪ね、報告しました。今年度は11月から来年3月までに計4回の訓練を予定しており、大型機や中型機の訓練も行えるよう、燃料補給設備の整備を県に求めています。

もう一つは9月1日、ANAがエアバスと次世代パイロット育成の包括的な飛行訓練契約を締結したという発表。ポルトガルのポンテ・デ・ソルにあるセブンエア・アカデミーで、操縦経験のない段階からライセンス取得までを一貫して学ぶプログラムです。19人が今年後半に始めます。

そしてANAの自社養成は、いま米国フロリダ州サンフォード空港で行われています。

1. 実機に、戻ってきている

【図1】

これらに共通しているのは、実機による訓練枠を増やしているということです。

シミュレーターはこの20年で驚くほど進化しました。視界は本物に近く、動きも再現され、費用も実機よりはるかに安い。それでも各社が実機へ戻っているのは、埋められないものがあると分かってきたからだと思います。

フロリダのサンフォード空港について、取材記事に興味深い記述がありました。大小さまざまな飛行機が混在し、最終進入の速度も異なる。のろのろ飛べば後ろから追いつかれる。この厳しい環境で訓練することで、周囲の状況を認識する能力が鍛えられる、と。

これはシミュレーターでは作れません。本物の他機、本物の管制、本物の時間の流れ。「あそこにあの飛行機がいるから、管制官は次にこう指示するだろう」と予測する力は、そういう場所でしか育たない。

私は以前、シミュレーターにはリセットボタンがあり、実機にはないと書きました。その差が学習の質を分けます。各社が同じ結論にたどり着きつつあるのは、心強いことです。

ただし、ここで一つの問いが立ちます。その実機に、誰が同乗するのか。

2. 63万3,000人という数字

【図2】

エアバスの「グローバル・サービス予測」によれば、今後20年間に世界で63万3,000人の新規パイロットが必要になります。このうちアジア太平洋地域が10万4,000人。世界で新たに必要となるパイロットの、およそ六人に一人がこの地域です。

20年で割ると、世界で年間およそ3万2,000人。日本の航空大学校の入学定員は108名ですから、毎年300校分を育てる計算になります。

この数字を見たとき、私が最初に考えたのは生徒のことではありませんでした。

生徒は、募集すれば集まる。教官は、育てなければ存在しない。

3. 見えないボトルネック

【図3】

粗い計算をしてみます。年間3万2,000人を育てるとして、教官一人が年に8人を見るとすれば、約4,000人の教官が常時必要になります。8人という数字は、ANAの自社養成が1コース8人体制であることから借りました。

この4,000人は、どこから来るのでしょうか。

現役のパイロットからしか来ません。つまり、ラインから抜くということです。人手不足で悩んでいる会社が、さらに人を訓練部門へ回す。この矛盾を、業界は構造的に抱えています。

そしてもう一つ、もっと厄介な問題があります。飛べる人が、教えられる人とは限らないということです。

技量と教授力は、別の能力です。自分が上手にできることと、他人ができるようにすることは、まったく違う。私自身、教えられる側として両方の教官に当たったことがあります。素晴らしい操縦をする人が、必ずしも良い教官ではありませんでした。

パイロット不足の本体は、教官不足です。そして教官の質は、そのまま次の世代の質になります。ここは永遠の課題だと私は思っています。

この試算の限界

「4,000人」は筆者による粗い概算であり、根拠のある推計ではない。実際には課程の長さ、教官の稼働率、シミュレーターと実機の配分、機材の可用性によって大きく変動する。桁の感覚をつかむための計算だと受け取ってほしい。

また、エアバスの予測は同社の事業見通しであり、機体メーカーの立場が反映されている可能性がある。それでも桁の大きさは変わらないというのが筆者の見方である。

4. 一人の失敗を、八人で

ANAの自社養成について、取材記事にもう一つ印象的な記述がありました。

8人1コースという体制で、一人がした失敗は、翌日には8人全員が共有する。そうして切磋琢磨することで、全体のレベルが上がりやすい環境が作られている、と。

【図4】

これは単なる情報共有の話ではないと思います。教育の構造そのものが違う。

教官が正解を持っていて、訓練生がそれを受け取る。この構造では、教官の限界が、そのまま全体の限界になります。教官が知らないことは、誰も知らないまま終わる。

一方、一人の失敗を全員で共有する構造では、教官もそこから学びます。「なぜ彼はそう操作したのか」を考えることは、教官自身の理解を更新する作業です。八人分の失敗が、教官一人にも蓄積される。

この形なら、全体が教官を超えていく可能性があります。

5. 弟子を「君」と呼んだ人

吉田松陰は、松下村塾の門弟を「君」と呼んだと伝えられています。

当時の師弟関係を考えれば、これは異例のことだったはずです。教える者と教わる者という上下ではなく、共に学ぶ者として扱った。松陰自身、獄中でも学び続けた人でした。

Vol.119でも書きましたが、松下村塾がわずか二年余りで異常な数の人材を送り出したのは、カリキュラムが優れていたからではないと思います。松陰が、自分も学び続ける側にいたからです。

よい教官の条件を一つだけ挙げろと言われたら、私はこう答えます。いまも学んでいる人であること。

技量は必要です。経験も必要です。ですがそれ以上に、「自分はまだ分かっていない」と言える教官のほうが、訓練生を遠くまで連れていきます。完成した人から学べることには、上限があるからです。

現場のパイロットとして

私はいま、教官になるための資格を取ろうとしています。そして正直に言えば、自分が良い教官になれるかどうか、まったく自信がありません。1万8千時間飛んだことと、人を育てられることの間に、直接の関係はないからです。

ただ一つだけ、決めていることがあります。訓練生から学ぶ姿勢を捨てないこと。彼らが失敗する場所は、私が見落としていた場所かもしれない。そう思える限りは、たぶん教官を続けていいのだと思います。思えなくなったら、辞める頃合いです。

結論

世界は実機訓練に戻りつつあります。下地島が12年ぶりに動き、ポルトガルで19人が始まる。シミュレーターでは埋められないものがある、と各社が認めたということです。

ですが、20年で63万3,000人という数字の前で、本当のボトルネックは機材でも空港でもありません。その右席に座る人です。

そして質の高い教官とは、何でも知っている人ではありません。訓練生を「君」と呼び、自分も学び続けている人のことです。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

※ 本稿は2026年9月時点の公開情報に基づく。下地島の再開年数は報道により「約12年」「13年」と幅がある。教官数の試算は筆者による概算であり、根拠のある推計ではない。図はいずれも筆者による整理である。

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