適格性は、見ただけでは分からない

UPRT


遙かなる大空 VOL.73

適格性は、見ただけでは分からない

訓練を提供する側が問われた、という事実について

航空安全のニュースは、ふつう「事故」か「規則」の話である。誰かが墜ちたか、誰かが新しい決まりを作ったか。今週報じられた一件は、そのどちらでもなかった。問われたのは、訓練を提供する側だった。

7月22日、FAAの発表

米国連邦航空局(FAA)は7月22日、フロリダ州サンフォードの操縦士訓練センター Simulator Center LLC に対し、306,000ドルの民事制裁金を提案したと発表した。対象となった期間は2022年1月から2023年4月。列挙された違反は5点である。

資格を欠く教官が多数、飛行訓練を行っていたこと。所定の訓練を修了していない学生を、FAAの資格取得に向けて推薦していたこと。当該課目に未承認の訓練装置を用いていたこと。届出のない場所で訓練を実施していたこと。そして、正確な訓練記録を保持していなかったこと。

同社は自らの紹介文で、教官陣について「全員が総飛行時間1万時間超の経験ある教官であり、実体験を学生に伝えられる」と説明している。掲げられた言葉と、当局が主張する実態のあいだに、距離がある。

【図1】

1,700名という先例

同じ構造の事案が、すでにインドで決着している。インド民間航空局(DGCA)は、インディゴ航空が約1,700名の操縦士――機長と副操縦士の双方――に対し、カテゴリーC(重要)飛行場の訓練を、その空港用に認定されていないフルフライトシミュレーターで実施していたと認定した。

対象となった空港は、カリカット、レー、カトマンズ。カリカットはテーブルトップ滑走路を持ち、追加の運航要件が課される空港である。不適格と特定されたシミュレーターは、6都市の訓練施設にまたがる20基にのぼった。

注目すべきは、制裁の宛先である。会社に200万ルピーが課されただけではない。訓練部長と運航部長の個人に、それぞれ200万ルピー。重大度レベル5の認定だった。同社は不服を申し立てたが、2026年1月に棄却されている。

シミュレーターの側面に、「カリカット対応」と書かれているわけではない。教官の資格も、操縦席に座る姿からは分からない。

見えないものが、問われている

二つの事案に共通するのは、対象が「装置」と「教官」だったことである。そして両者には、ある厄介な性質が共通している。外から見ただけでは、適格性が判別できない

機体であれば、まだ手がかりがある。セスナ172はセスナ172の姿をしているし、Extra 300は誰が見てもExtra 300である。全姿勢が可能かどうかは、少なくとも機種名で見当がつく。

シミュレーターは違う。カリカット用に認定された装置と、認定されていない装置は、外観上まったく同じである。ドームに入って着席し、電源を入れれば、どちらも同じように飛ぶ。違いは書類の上にしか存在しない。だからこそ、この領域では文書と監査が、他のどこよりも重い意味を持つ。

教官も同じである。1万時間の経歴書は、その1万時間がどの包絡線で積まれたのかを語らない。

【図2】

制裁の項目と、評価の枠組み

FAAが列挙した5項目を並べ直すと、あることに気づく。これらは、UPRTプロバイダーを評価するために整理されてきた枠組みと、ほぼそのまま対応している。

資格を欠く教官は「一流の教官資格」の要素に。未承認の訓練装置は「専用設計のプラットフォーム」の要素に。不正確な訓練記録は「初期・定期のライフサイクル設計」の要素に。プロバイダー評価という概念は、業界内部の自主的な物差しに見えていたかもしれない。しかしそれは、規制当局が制裁を課すときに実際に用いる項目と、同じ構造をしていた。

そして、これらの要素は掛け算で効く。教官が優秀でも、装置が不適格ならその課目は成立しない。装置が適切でも、記録が不正確なら修了の証明が立たない。ひとつがゼロなら、全体がゼロになる。Gapは平均で薄めない――評価の原則が、そのまま制裁の構造に現れている。

ただし、一項目だけは別次元である

5項目のうち、性格が明確に異なるものが一つある。「所定の訓練を修了していない学生を資格推薦した」という項目だ。

他の4項目は、訓練のに関わる。教官の力量、装置の適合性、記録の正確さ。改善の余地を論じることができる。しかしこの項目は、訓練の存否そのものに関わる。行われていないものが、行われたことにされた。これは評価の枠組みの内側にある論点ではなく、その前提を崩す論点である。

この記事の限界

FAAの306,000ドルは提案額であり、確定した処分ではない。同社には応答の機会があり、金額は減額または取り消される可能性がある。本稿で述べた違反はすべてFAAの主張であって、司法的に認定された事実ではない。また本稿は、この2件がUPRT課程に関するものだと述べていない。いずれも一般の操縦士訓練に関する事案である。筆者が着目しているのは違反の分野ではなく、問われた項目の構造である。インドの事案についても、当局と報道による情報に基づく。

日本に向けられる問い

日本では2026年4月から、国土交通省令第58号によりUPRTが義務化されている。訓練を求める規則は、動き出した。

ここで、今週の2件が投げかける問いは具体的である。その訓練を提供する側の適格性は、誰が、どの物差しで確かめるのか。

教官の全姿勢経験は、どう検証されるのか。用いる装置が当該課目に適合しているという判断は、誰が下すのか。訓練が実際に行われたことは、どの記録で担保されるのか。義務化とは、これらの問いに答える体系を併せて持つことである。求める規則だけがあり、確かめる仕組みが薄ければ、義務は書類の上を通過していく。

そしてこれは、他人事として書ける話ではない。私自身がUPRTを提供しようとしている立場である。上の問いは、そのまま自分に向けられる。11月にメサでAPSの課程を受けるのも、教える資格の中身を、言葉ではなく手続きとして確かめるためである。

確かめられる問い

教官はどの包絡線を実際に飛んできたか
その装置は当該課目に承認されているか
訓練の実施記録は追跡可能か
定期訓練の周期は定義されているか

確かめられない言葉

「経験豊富な教官陣」
「最新の設備」
「世界標準の訓練」
「高い安全意識」

関連する回

Vol.71「その訓練は、何によって届けられるのか」では、曲技機・滑空機・シミュレーターという提供手段を比較しました。本稿は、その手段が「適格であること」を誰が確かめるのかという、一段手前の問いを扱っています。
Vol.72「同じ週の、二つの滑走路」では、MOSAICの施行によって訓練機の供給側の制度が動き出したことを扱いました。本日7月24日が、その機体側規則の施行日です。機体が増えることと、訓練の質が保たれることは、別の課題として並走します。

12年前の、今日

2014年7月24日、マリ共和国ゴシ北西80キロの上空で、アルジェリア航空5017便が飛行中の制御喪失に陥り、失われた。搭乗していた116名全員が亡くなっている。

今日は、その12年目の日である。そして偶然にも、訓練提供者の適格性が問われた記事を読む日でもある。この二つは、無関係ではない。機体制御喪失が依然として死亡事故の最大要因であり続けているのは、対処法が知られていないからではない。それを教える体系が、期待されたとおりに機能しているとは限らないからである。

結論

訓練の質は、掲げた言葉ではなく、確かめられる項目によって決まる。教官の資格、装置の適合性、記録の正確さ。いずれも外から見ただけでは判別できず、だからこそ文書と監査に依存する。

日本にはUPRTを義務づける規則がある。次に必要なのは、それを提供する側を確かめる物差しである。数字は嘘をつかない――UPRTは「あれば良い訓練」ではない。そして、「やったことになっている訓練」は、訓練ではない。

吉川 哲也

UPRT JAPAN合同会社 代表/エアライン機長(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4/C-130)

出典・参考文献

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