訓練だと分かっていれば、驚けない

UPRT


遙かなる大空 VOL.119

「訓練だと分かっていれば、驚けない」

UPRTに向けられる最も鋭い反論に、研究はどう答えているか
驚愕は訓練できない。では、何が訓練できるのか。

この記事の要点(約7分)

  • 驚愕(startle)と不意打ち(surprise)は別物である。前者は数秒で消える反射、後者は数分続きうる認知の問題。事故で人を追い詰めるのは、多くの場合、後者の側。
  • NASA の実験では、訓練どおりの形で出された緊急事態には18名全員が正しく対応した。同じ事態を経験のない形で出すと、多くが躓いた。
  • 「訓練だと分かっていれば驚けない」という指摘は正しい。だから訓練しているのは驚愕ではなく、驚愕からの復帰である。

皆さんこんにちは。今日は、私がUPRT(アップセット防止・回復訓練)の話をするたびに、必ずどこかで返ってくる一つの反論を扱います。

「訓練だと分かっていれば、驚けないでしょう」

これは意地悪な質問ではありません。まっとうな指摘です。実際、その通りだからです。訓練機に乗り込む時点で、これから何かが起きると分かっている。実運航で予期せず遭遇するのとは、明らかに違う。

私が長く納得できずにいたのは、この反論に対して業界側がしばしば「いや、訓練でも驚きます」と返してしまうことでした。それでは議論になりません。相手が指摘しているのは、もっと本質的なことだからです。

この問いには、きちんとした答えがあります。しかも、研究の裏づけを持った答えが。

1. まず、二つの言葉を分ける

議論が噛み合わない最大の理由は、日本語で「驚く」と一括りにしている現象が、研究の世界では二つに分けられていることにあります。

startle(驚愕)は反射です。大きな音、急な動き、予期せぬ加速度に対する不随意の身体反応。心拍が上がり、筋肉が緊張し、注意が狭まる。0.1秒で始まり、数秒で減衰します。意志では止められず、訓練で消すこともできません。

surprise(不意打ち)は認知の問題です。今起きていることが、頭の中の想定と食い違ったときに生じる。パイロットは状況を理解する枠組み――研究では「フレーム」と呼ばれます――を持って飛んでいますが、それが現実と合わなくなったとき、飛びながら枠組みを作り直さなければならない。

【図1】

決定的な違いは持続時間です。驚愕は数秒で去りますが、不意打ちは数十秒から数分続きうる。そして枠組みが見つからないと、目の前の情報が意味を失い、ストレスがさらに上がり、原因の切り分けができなくなっていきます。

つまり、事故で人を追い詰めるのは、多くの場合 startle ではなく surprise の側なのです。心臓が跳ねること自体は問題ではありません。「何が起きているのか分からない」状態が数分続くことが、問題なのです。

驚愕は数秒で去る。だが「分からない」は、そのまま数分続きうる。

2. 訓練は本当に機能しているのか

ここで、私が知る中で最も居心地の悪い実験を紹介します。

NASAエイムズ研究センターの研究心理学者スティーブ・カスナーらが2013年に発表したものです。現役の747パイロット18名を高忠実度シミュレーターに乗せ、訓練で練習したとおりの緊急事態を与えました。

結果は18名全員が正しく対応。訓練は完璧に機能しているように見えました。

研究者たちは納得しませんでした。それなら、なぜ実際の事故が起きるのか。そこで同じ緊急事態を、訓練では出会ったことのない現れ方で提示してみたのです。

【図2】

多くが躓きました。重大な誤りも頻発しました。

同じ人たちです。同じ緊急事態です。技能がなかったわけではない。それが何なのかを、認識できなかった。

研究者の一人はこう指摘しています。緊急事態の訓練は、何が来るか、いつ来るかが分かった状態での反復になりがちだ。だが実際に必要なのは、それが多様な形で現れうることを認識する技能であり、その技能は自然には身につかない、と。

私はこれを読んだとき、自分の定期訓練を思い返しました。何をやるかは事前に分かっている。順番も分かっている。教官がどのタイミングで手を伸ばすかまで、なんとなく分かる。あれは何を測っているのだろう、と。

3. では、どう訓練すればいいのか

この問いに、オランダ・デルフト工科大学のアンネマリー・ランドマンらが2018年に一つの答えを出しています。

現役パイロット20名を10名ずつ2群に分け、本人たちがよく知らない機体モデルで、同じ不具合への対応を練習させました。A群は予測可能かつ不変の形で。B群は予測不能かつ可変の形で。

【図3】

その後、未知の不意打ち事態に遭遇させたところ、B群の方がよく対応できました。研究者の解釈はこうです。この形で訓練したパイロットは、よりよい状況理解の枠組みを作っており、それが混乱を防いでいる。

理屈は分かります。予測可能な訓練では、状況を読み解く作業がほとんど発生しない。読み解く練習をしていないのだから、読み解きが必要な場面で使えるはずがない。

ここで、正直に書いておかなければならないことがあります。

この記事の限界

ここで紹介した研究は、いずれも規模が小さい。カスナーらの実験は18名、ランドマンらは各群10名である。ランドマンら自身、練習セッションが短く習熟に至るまで訓練していないことを限界として明記している。

そしてより重要な点として、これらはいずれもシミュレーターでの研究であり、「機上訓練が有効である」ことを直接示したものではない。示されたのは訓練設計の問題――予測可能性と可変性の効果である。機上でなければ得られないもの(実際のG、実際の生理的負荷、引き返せないという事実)については、別の論拠が必要になる。本稿はそこまでを証明するものではない。

自分の主張を支える研究の限界を書くのは気持ちのいいものではありません。ですが、都合のいいところだけを引く議論は、いずれ足元をすくわれます。私は数字と証拠で話すと決めているので、証拠が届いていない範囲も併せて書きます。

4. 転移するのは、驚愕ではない

ここまで来て、冒頭の反論に戻れます。

「訓練だと分かっていれば驚けない」――そのとおりです。私は否定しません。訓練で得られる驚愕は、実運航の驚愕と同一ではない。

問うべきなのは、では何が転移するのかです。

【図4】

三つあると私は考えています。

一つ目は、枠組みを作り直す速さ。「これは何だ」から「これは○○だ」へ至るまでの時間です。多様な現れ方を経験した数だけ、照合できる引き出しが増える。これは短縮できます。

二つ目は、最初の一手の起動。考えがまとまる前に体が始める動作です。失速時に迎え角を減らす。引かない。本能に逆らう動作ほど、反復でしか刷り込めません。

三つ目は、身体反応への耐性。心拍が跳ね、筋肉が硬直し、視野が狭まる――それが来ると知っている状態です。初めてそれを経験する場所が実運航なのか、訓練なのか。この差は決定的だと思います。

つまり、私たちが訓練しているのは驚愕ではなく、驚愕からの復帰なのです。驚愕そのものは訓練で消せません。消す必要もない。消せるはずのないものを消そうとしているのではなく、そこから戻る過程を短くしようとしている。

議論すべきは一点に絞られます。実運航で初めてそこを通るのか、訓練で一度通っておくのか。

5. 日本にとっての意味

日本では2026年4月、国土交通省令第58号によりUPRT要件が施行されました。ところが国内に機上UPRTを提供できる事業者は、いまだ一社もありません。運航者はシミュレーターで要件を満たしています。代替がないからです。

ここまで読んでいただいた方には、私が何を言おうとしているか伝わると思います。問題はシミュレーターか実機かという二択ではありません。訓練が予測可能で不変な形になっていないか、という設計の問題です。

シミュレーターであっても、予測不能で可変な設計にすれば効果は上がる。研究はそれを示しています。逆に言えば、実機に乗せても、毎回同じ順序で同じ課目を繰り返すなら、同じ罠にはまります。

私が機上訓練にこだわるのは、実機でしか得られないものがあるからです。実際のGがかかり、内耳が騙され、地平線が本当に回る。「戻せなかったら終わり」という事実が、身体のどこかで理解されている。これはシミュレーターでは再現できません。

ただしそれは、今日紹介した研究が証明したことではない。別の論拠が要る主張です。私は11月に、アリゾナのAPSで4便の機上UPRTを受けてきます。自分が通っていないものを人に勧める気はないからです。

戻ってきたら、この記事の続きを書きます。今日書いた「三つの転移」が、自分の身体で確かめたときにどう見えたか。それを正直に報告するつもりです。思ったほどではなかった、という結論になる可能性も含めて。

現場のパイロットとして

この記事で一番書きにくかったのは、第2章です。カスナーらの実験結果は、自分自身の定期訓練への問いかけになるからです。18名全員が正しく対応した――その中に、私は自分がいる姿を簡単に想像できます。そして提示のしかたが変わったとき、躓く側にいる姿も。

定期訓練を否定したいのではありません。あれは手順の確認としてよくできています。ただ、手順を確認することと、未知の事態から戻れることは、別の能力だということです。前者ができているから後者もできる、とは限らない。

結論

「訓練だと分かっていれば驚けない」――その指摘は正しい。驚愕は反射であり、訓練で消すことも作り出すこともできません。

しかし訓練できないのは驚愕そのものだけで、そこから戻る過程は、ほぼすべて訓練できます。枠組みを作り直す速さ、最初の一手、身体反応への耐性。

そして研究が繰り返し示しているのは、予測できる訓練は、予測できない事態には届かないということです。何が来るか分かっている訓練を何年積んでも、分からない事態に強くはならない。それは経験ではなく、確認です。

数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。

吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)

エアラインパイロット(A320)
UPRT JAPAN 合同会社 代表
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)

出典・参考

  • Casner, S. M., Geven, R. W., & Williams, K. T. (2013). The Effectiveness of Airline Pilot Training for Abnormal Events. Human Factors, 55(3), 477–485. ― 747パイロット18名の実験。訓練どおりの提示では全員正答、経験のない提示では多数が躓いた。
  • Landman, A., Groen, E. L., van Paassen, M. M., Bronkhorst, A. W., & Mulder, M. (2017). Dealing With Unexpected Events on the Flight Deck: A Conceptual Model of Startle and Surprise. Human Factors. ― 驚愕と不意打ちを区別する概念モデル。
  • Landman, A., van Oorschot, P., van Paassen, M. M., Groen, E. L., Bronkhorst, A. W., & Mulder, M. (2018). Training Pilots for Unexpected Events: A Simulator Study on the Advantage of Unpredictable and Variable Scenarios. Human Factors, 60(6), 793–805. ― 各群10名。予測不能・可変な訓練が未知の事態への転移を改善した。著者自身が規模と練習時間の限界を明記。
    Just a moment...
  • Landman, A. et al. The Influence of Surprise on Upset Recovery Performance in Airline Pilots. ― 不意打ち状態では手順の正確な遂行が著しく難しくなることを示した実験。
  • Delft University of Technology, “Unpredictable training helps pilots manage surprise and stress in the cockpit”(研究紹介)
    Unpredictable training helps pilots manage surprise and stress in the cockpit
  • 関連ガイダンス文書:ICAO Doc 10011(Manual on Aeroplane Upset Prevention and Recovery Training)、FAA AC 120-111(Upset Prevention and Recovery Training)、EASA Startle Effect Management 研究、国土交通省令第58号。

※ 本稿は2026年9月時点の公開情報に基づく。紹介した研究はいずれも被験者数が少なく、またシミュレーターを用いたものである。図はいずれも概念図であり、実測値を示すものではない。

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