遙かなる大空 VOL.167
13機、発注された
ジンクスと、チェックリストの話
人は不確実なものに触れるとき、儀式を作る。
この記事の要点(約8分)
- 日本語の「ジンクス」は良し悪し両方に使うが、英語の jinx は悪いものしか指さない。
- 13列目を飛ばすか、事故の便名を消すか。規則はなく、判断は割れている。
- 儀式は不確実なところに生まれる。チェックリストも、同じ不安から生まれた。
皆さんこんにちは。今日は少し毛色の違う話をします。ジンクスです。
験担ぎ、縁起、おまじない。航空の現場にもあります。ただ調べていくうちに、これが安全の話と正面からつながっていることに気づきました。
遠回りに見えるかもしれませんが、最後まで付き合っていただければと思います。
1. まず、言葉の話から

【図1】
日本語の「ジンクス」は、良いことにも悪いことにも使います。「勝利のジンクス」という言い方が成り立つ。縁起や験担ぎに近い使われ方です。
ところが英語の jinx は、悪いものしか指しません。不運をもたらすもの、不運をもたらす人。「縁起がいい」という意味は、この語には含まれていません。
語源はギリシャ語の iynx。アリスイという鳥の名前です。古代のまじないに使われた鳥で、やがてその名が呪いそのものを指す語になり、20世紀初頭のアメリカで jinx として定着しました。
つまり日本語のジンクスは、英語では superstition や lucky charm に近い。海を渡るときに、意味が反転したわけです。
言葉の話から入ったのには理由があります。縁起を担ぐという行為そのものは、どの文化にもある。ですが、それをどう呼ぶかは、文化によって違うからです。
2. 座席に、13列目が無い

【図2】
航空で最も目につくジンクスは、座席番号でしょう。
ルフトハンザの座席表には、13列がありません。一方、ブリティッシュ・エアウェイズとデルタ航空は、そのまま13列を置いています。エミレーツ航空はかつて13列がありましたが、最新のA380では無くなりました。
ここが面白いところです。同じ物理法則で飛ぶ機体に、違う数え方がある。
どちらが正しいという話ではありません。数字そのものに実害はないからです。あるのは、乗客の心理のほうです。13列を置いて不安がる客がいるなら飛ばす。気にしない客ばかりなら置く。それだけの判断です。
ちなみに、嫌われる数は国によって違います。欧州の一部では17が避けられます。ローマ数字で書くとXVII、並べ替えるとVIXI、「私は生きた」――つまり死んだ、と読めるからだと言われます。東アジアでは4です。音が死に通じるため。
つまり、数字に意味を与えているのは、数字ではなく人のほうです。13が不吉な文化圏の機体でも、4は平気で使われている。逆もまた同じです。
3. 便名は、静かに消える
もう一つ、はっきりした例があります。事故のあった便名は、使われなくなります。

【図3】
マレーシア航空のMH370便は、2014年3月14日からMH318便に変わりました。復路のMH371便もMH319便になっています。9.11で使われたアメリカン11便と77便、ユナイテッド93便と175便は、その後再使用されていません。2000年のアラスカ航空261便も、再び設定されていません。
ここで押さえておきたいのは、これを義務づける規則が、どこにもないことです。米国に法令はなく、FAAやNTSBの規則にもない。退役した便名を記録する公式の名簿も存在しません。
では誰が決めているのか。ここに、とても人間くさい話があります。
1985年のデルタ航空191便の事故のあと、会社は当初「便名は変えない」と言っていました。ところが、ある従業員が勝手に139便に変えてしまった。そして旅行代理店が新しい番号で予約を取り始めると、経営側はその結果を受け入れたのです。
迷信は、上から降りてくるのではありません。下から湧いてきます。
便名というのは、本来ただの識別子です。運航上の意味しか持ちません。それを変えることに、技術的な効果は一切ない。それでも変えるのは、遺族と乗務員と、これから乗る客に対する配慮のためでしょう。
迷信と呼ぶべきか、礼儀と呼ぶべきか。私は、この線引きはそれほど重要ではないと思っています。害がなく、誰かの気持ちが楽になるなら、それで十分です。
4. 不確実なところに、儀式が生まれる
では、なぜ人は縁起を担ぐのか。ここに古典的な研究が二つあります。

【図4】
一つは文化人類学。トロブリアンド諸島の漁を調べた研究です。礁湖の中での漁には、儀式がほとんどありません。ところが外洋に出る漁には、入念な儀式がある。
違いは何か。危険と、不確実性です。礁湖の中は見通しが利き、結果が読める。外洋は読めない。読めないところにだけ、儀式が生まれていました。
もう一つは心理学。1948年の実験です。ハトに、その行動とはまったく無関係に、一定間隔で餌を与えました。するとハトは、餌が出る直前にたまたましていた動作を、繰り返すようになった。首を回す、片足で跳ねる。個体ごとに違う「儀式」を身につけたのです。
偶然の一致を、因果と取り違える。人間だけの性質ではありません。
漁師、兵士、スポーツ選手、賭博師、そして操縦士。共通しているのは、重大な結果が、自分の統制の外にあることです。結果が重く、手に負えないほど、儀式は濃くなります。
ここで誤解のないように書いておきますが、これは愚かさの話ではありません。統制できない状況で「自分は何かをやった」と思えることには、現実に効果があります。落ち着いて手を動かせるようになる。心拍が下がる。
問題は効果の有無ではなく、それを何の代わりに置くか、です。
5. グレムリンという発明
航空が生んだ迷信で、私がいちばん好きなのはグレムリンです。
英国空軍の操縦士たちは、原因のわからない機械の不具合を、グレムリンという小さな生き物のせいにしました。配線を齧る、計器を狂わせる、燃料を抜く。見た者はいません。
ロアルド・ダールが1943年に『グレムリン』という本を書いています。ウォルト・ディズニー社の映画化のために書かれたものですが、映画は作られませんでした。
これは笑い話として片づけられがちですが、よく見ると興味深い。説明のつかない故障に、彼らは名前を与えました。名前を与えることは、扱えるようにすることでもあります。得体の知れない不安は、名前がつくと少し小さくなる。
ただし、問題もあります。グレムリンのせいにしている限り、本当の原因は見つかりません。
現代の航空に、グレムリンはもういません。代わりにあるのが不具合報告と、信頼性管理と、事故調査です。「原因不明」で終わらせないための仕組み。あれは、グレムリンを追い出すために作られたものだと言えます。
6. 1935年10月30日
最後に、ある日の話をします。

【図5】
オハイオ州デイトンのライトフィールド。ボーイング・モデル299が離陸しました。後のB-17の原型です。
操縦していたのはプロイヤー・ピーター・ヒル少佐。この型式では初めての飛行でした。副操縦士はドナルド・パット中尉、後方にはボーイングの主任テストパイロット、レスリー・タワーが助言役として座っていました。
機体は離陸し、そして墜落しました。原因は、操縦翼面の突風ロックが解除されていなかったことです。ヒル少佐はその日のうちに、タワーは11月19日に亡くなりました。
この事故から、チェックリストが生まれました。
そして、ここからが今日の話です。
陸軍航空隊は1936年1月17日、この機体を発注しました。13機です。
彼らは13という数を気にしませんでした。気にしたのは、突風ロックのほうでした。
7. 儀式と、チェックリスト
ここまで書いてきて、一つ気づいたことがあります。
儀式とチェックリストは、形がとてもよく似ています。危険なことを始める前に、決まった順序で、決まった動作を、声に出しながら行う。省略すると落ち着かない。外から見れば、ほとんど同じものです。
生まれた動機も同じでしょう。どちらも、不安から生まれています。
違いは一つだけです。
儀式は確かめられません。チェックリストは確かめられます。突風ロックが外れているかどうかは、見れば分かる。13という数が不吉かどうかは、何をどう見ても分かりません。
航空安全が1世紀かけてやってきたのは、要するにこの置き換えだったのだと思います。確かめられない儀式を、確かめられる手順に替えていく作業。
ですから、験担ぎが残っていること自体は構わないのです。それが確認の席に座り込まない限りは。
この記事の限界
本稿は、験担ぎや縁起を否定するものではない。心を落ち着ける働きまで否定する必要はないと考えている。問題になるのは、それが確認の代わりに置かれたときだけである。
座席番号や便名の扱いは各社の裁量であり、規則で定められたものではない。本稿に挙げたのは公表情報に基づく一部の例で、機材や時期によって変わりうる。
研究の紹介は要旨であり、原典の議論を尽くしたものではない。また筆者は現役のエアラインパイロットであり、所属する会社の運航や規定については一切述べない。
現場のパイロットとして
正直なところ、験担ぎのようなものは、どの操縦席にもあると思います。順番、置き場所、声に出す言葉。本人も半分は冗談のつもりで続けている、その程度のものです。
世界中の現場に共通する言い伝えもあります。「今日は静かだね」と口に出すと、忙しくなる。医療でも消防でも同じことが言われています。だから誰も言わない。
こうしたものが残っていること自体は、害にならないと思っています。境目は一つだけです。それが確認の代わりになっていないか。験担ぎは手順の外側にあるべきもので、内側に入ってきた瞬間に、性質が変わります。
結論
ジンクスは、不確実なものに触れるときに生まれます。航空は、その条件を全部そろえています。
だから13列目が消え、便名が静かに消える。それ自体に害はありません。ですがチェックリストもまた、同じ不安から生まれたものです。
違いは一つだけ。確かめられるかどうかです。1935年の彼らが見たのは、13という数ではなく、突風ロックのほうでした。
数字は嘘をつかない――UPRTは『あれば良い訓練』ではない。
吉川 哲也(Tetsuya Kikkawa)
UPRT JAPAN 代表
エアラインパイロット(A320)
HIEN Aero Technologies シニアアドバイザー・テストパイロット
元航空自衛隊戦闘機操縦士(F-4・C-130)
出典・参考
- 座席表における13列の扱い ― ルフトハンザが13列を欠番とすること、ブリティッシュ・エアウェイズとデルタ航空が13列を置いていること、エミレーツ航空が最新のA380で13列をやめたこと。
Aircraft seat map - Wikipedia - 事故後の便名の扱い ― MH370のMH318への変更(2014年3月14日から)、MH371のMH319への変更、デルタ191便の139便への変更とその経緯、アメリカン11・77便、ユナイテッド93・175便、アラスカ261便。および米国に当該の法令・規則および公式の記録簿が存在しないこと。
Airlines quietly retire crash-linked flight numbers, but no rule requires it - Air Traveler ClubNeither Delta flight 723 nor Delta flight 1288 appears in the airline's publicly searchable 2025–2026 timetables. Both n... - B. マリノフスキー ― トロブリアンド諸島における漁と呪術の関係についての記述(『西太平洋の遠洋航海者』1922年ほか)。B. F. スキナー「ハトにおける迷信」実験心理学雑誌、1948年。
- グレムリン ― 英国空軍の操縦士が機械の不具合を説明するために持ち出した存在。ロアルド・ダール『グレムリン』1943年、ウォルト・ディズニー社のために書かれたが映画化はされなかった。
The Gremlins - Wikipedia - ボーイング・モデル299の事故(1935年10月30日、ライトフィールド)― 乗員の氏名、突風ロックが解除されていなかったこと、1936年1月17日に13機が発注されたこと。およびこの事故を契機とするチェックリストの成立。
https://en.wikipedia.org/wiki/Preflight_checklist
Boeing B-17 Flying Fortress - Wikipedia
※ 本稿は2026年10月時点の公開情報に基づく。座席番号や便名の扱いは各社の裁量であり、機材や時期によって変わりうる。図はいずれも筆者による整理である。
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