宣戦布告 ― LOC-I との戦争が、始まった

UPRT
Vol.16 ― 遙かなる大空 / 2026.06.09

宣戦布告 ―
LOC-I との戦争が、始まった。

APS「War on LOC-I」と UPRTA International ウェビナーシリーズ。
世界が加速するいま、日本は何をしているのか。

UPRT JAPAN の視点から読む、2026年の転換点

2026年5月、航空安全の世界で、二つの宣言が発せられた。

ひとつは、アリゾナ州メサに拠点を置く Aviation Performance Solutions(APS)が発表した 「War on LOC-I」 ― LOC-I(Loss of Control In-flight=機内操縦不能)に対する 12 週間の体系的な情報戦。もうひとつは、UPRTA International(Upset Prevention and Recovery Training Association International)が立ち上げた、四半期ごとの無料ウェビナーシリーズ。

どちらも、同じ人物が中心にいる。

APS CEO であり、UPRTA International 会長でもある Paul “BJ” Ransbury。

世界の UPRT の最前線で、いま何が起きているのか。そしてそれは、日本にとって何を意味するのか。会場の熱気がまだ残る JAPAN DRONE 2026 の余韻の中で、もうひとつの「空の未来」を見つめてみたい。

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「War on LOC-I」― これはキャンペーンではない

2026年5月5日、APS は「War on LOC-I」の開始を正式に発表した。

一般的な安全啓発キャンペーンとは異なる。BJ Ransbury 自身が LinkedIn と YouTube を通じて 12 週間にわたり直接発信する、構造化されたインテリジェンス・シリーズである。対象は、プロフェッショナル・パイロットとフライト・デパートメントの意思決定者。

APS はこの取り組みを明確にこう位置づけている ―

これはキャンペーンではない。
実行への約束(a commitment to execution)である。
― APS プレスリリース(2026年5月5日)の趣旨を要約

なぜいま「宣戦布告」なのか。APS の認識はこうだ ― 何十年にもわたるグローバルガイダンスにもかかわらず、LOC-I は依然として致命的事故の最大カテゴリーを支配し続けている。もはや「気づき(awareness)」の問題ではない。足りないのは、的を絞った予防と、圧力下で信頼できるパイロット・パフォーマンスだ、と。

シリーズが届けるもの

12 週間のシリーズは、規制の最低基準を超えた UPRT の評価と改善のための構造的アプローチを提供する。主な柱は四つ。

War on LOC-I ― 4つの柱

◆ 4段階のUPRT業界提供体系 ― UPRT デリバリーのシステムレベルの全体像
◆ UPRT評価フレームワーク ― EPIC-S2™(Every Pilot In Control Solution Standard)原則に基づく訓練効果の測定法
◆ 運航リスクの可視化 ― SMS の中で UPRT を実際のリスク低減に接続する方法
◆ 実装の明確化 ― 効果的な統合型 UPRT が実際にどのように機能するか

数字が語る ― 統合型 UPRT の実績

「War on LOC-I」が単なるスローガンではないことを裏付けるのは、すでに蓄積された独立した実績データである。

50%
Delta Air Lines における
LOC-I 前兆イベントの減少率
(APS 方法論準拠の統合型 UPRT 導入後)
400%
United Aviate Academy における
アップセット・リカバリー能力の向上率
(同プログラム導入後)

Delta Air Lines で LOC-I の前兆となるイベントが半減し、United Aviate Academy ではアップセットからの回復能力が4倍に向上した ― これらは、「あれば良い訓練」ではなく「無ければ減らせないリスク」を示す、動かぬ証拠だ。

そして重要なのは、これらの成果が シミュレーターだけでなく、実機訓練とアカデミック(座学)を統合した UPRT プログラムから生まれている点である。Vol.15 で論じた「橋」 ― 実機とシミュレーターをつなぐ統合型アプローチ ― が、すでに実証段階に入っていることを意味する。

UPRTA International ― 「統一回復戦略」という新しい潮流

APS が「実行の約束」を打ち出した同じ月、UPRTA International は四半期ウェビナーシリーズの開始を発表した。すべて無料。登録すれば、世界中のどこからでも参加できる。

2026年6月17日

UPRTA’s Unified Upset Recovery Strategy
FAA、ICAO、IATA、各 OEM のガイダンスを横断比較し、統一的な回復アプローチを提示する。

2026年8月25日

UPRTA International’s Accreditation Standard
UPRT プロバイダーとオペレーター向けの新たな認定基準を発表。世界標準の UPRT プログラムの枠組みを示す。

2026年11月17日

UPRT Safety Summit for Pilots Worldwide
年次の旗艦イベント。過去の LOC-I 事例分析、教訓、各チームリードの最新レポートが発表される。

特に注目すべきは、6月17日の Unified Upset Recovery Strategy(統一アップセット回復戦略) である。

現状、FAA(AC 120-111)、ICAO(Doc 10011)、IATA、そして各機体メーカー(OEM)が、それぞれ独自のアップセット回復ガイダンスを発行している。手順の優先順位や表現が微妙に異なることがあり、訓練プロバイダーやパイロットにとって「どのガイダンスに従うべきか」が曖昧になるケースがある。UPRTA はこれを一本化しようとしている。

そして8月には 認定基準(Accreditation Standard) が発表される。これは UPRT プロバイダーの「質」を可視化する仕組みであり、「UPRT を名乗るすべてのプログラムが本当に効果的か」という問いに、業界として初めて体系的に答える試みだ。

ひとりの人間が、二つの組織を動かしている

ここで立ち止まって、ひとつの事実を確認しておきたい。

APS の CEO として「War on LOC-I」を率いる人物と、UPRTA International の会長としてウェビナーシリーズを統括する人物は、同一人物である。Paul “BJ” Ransbury。

「訓練の実行者」としての APS と、「業界標準の策定者」としての UPRTA。この二つが連動して動いているという事実は、2026年の UPRT をめぐる風景を理解するうえで不可欠だ。

BJ Ransbury は UPRTA の発足に際し、こう述べている ―

BJ Ransbury の認識(要約)

航空業界は UPRT の規制基盤を築くうえで重要な進歩を遂げた。しかしその基準は「最低限の枠組み」にすぎない。次の段階は、UPRT プロバイダーの質、効果、実装基準を前進させ、パイロットの即応性を強化し、安全成果を世界規模で改善することだ。

「最低限の枠組み」 ― この言葉は重い。規制準拠(コンプライアンス)と、実効性(エフェクティブネス)は、別のものだ。UPRTA は、その差分を埋めようとしている。

そして、日本は ―

世界が「宣戦布告」を出し、統一戦略を策定し、認定基準を整え、プロバイダーの質を可視化しようとしている。

その同じ 2026 年、日本では ―

実機 UPRT 専用の訓練施設が、依然として存在しない。

Delta Air Lines が LOC-I 前兆イベントを半減させたプログラム、United Aviate Academy が回復能力を4倍にしたプログラム ― それらは、アカデミック(座学)、実機、シミュレーターを統合した「Integrated UPRT」から生まれている。

日本のエアラインが持っているのは、レベル D シミュレーターでの Upset Recovery シナリオ。それ自体は価値がある。しかし Vol.15 で論じた通り、シミュレーターには原理的な限界がある ― 負の G、持続 G、体性感覚錯覚、startle response。

統合型 UPRT の「統合」の片輪が、物理的に欠けている。

BJ Ransbury が「最低限の枠組み」と呼ぶ規制基盤すら、日本の実機 UPRT に関しては、まだ出発点にも立てていない。世界が「次のフェーズ」に移行しているそのとき、日本は「最初のフェーズ」を始められずにいる。

このギャップは、時間が経つほど広がる。

結論 ― 「宣戦布告」の意味

APS の「War on LOC-I」は、啓発ではない。
UPRTA のウェビナーシリーズは、情報提供ではない。

どちらも、「もう待てない」という宣言である。

「数字は嘘をつかない ―
UPRT は『あれば良い訓練』ではない。」

LOC-I は、世界の商業航空における致命的事故の約40%を占める。
その数字は、何十年も、動いていない。

だから世界は「宣戦布告」した。
日本は、いつ宣戦布告するのか。

UPRT JAPAN は、その答えを準備している。

6月17日の UPRTA ウェビナー「Unified Upset Recovery Strategy」は、無料で誰でも参加できる。世界の UPRT がいま何を議論しているのか、その最前線を自分の目で確かめてほしい。

登録は UPRTA.org から。

空の安全は、誰かが変えてくれるものではない。
自分たちで、変えるものだ。

参考資料・出典

きっかわ てつや
Jetstar Japan 運航本部 / UPRT JAPAN(準備中)
遙かなる大空 ― Vol.16 / 2026.06.09

 

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