2026年5月、航空安全の世界で、二つの宣言が発せられた。
ひとつは、アリゾナ州メサに拠点を置く Aviation Performance Solutions(APS)が発表した 「War on LOC-I」 ― LOC-I(Loss of Control In-flight=機内操縦不能)に対する 12 週間の体系的な情報戦。もうひとつは、UPRTA International(Upset Prevention and Recovery Training Association International)が立ち上げた、四半期ごとの無料ウェビナーシリーズ。
どちらも、同じ人物が中心にいる。
APS CEO であり、UPRTA International 会長でもある Paul “BJ” Ransbury。
世界の UPRT の最前線で、いま何が起きているのか。そしてそれは、日本にとって何を意味するのか。会場の熱気がまだ残る JAPAN DRONE 2026 の余韻の中で、もうひとつの「空の未来」を見つめてみたい。
「War on LOC-I」― これはキャンペーンではない
2026年5月5日、APS は「War on LOC-I」の開始を正式に発表した。
一般的な安全啓発キャンペーンとは異なる。BJ Ransbury 自身が LinkedIn と YouTube を通じて 12 週間にわたり直接発信する、構造化されたインテリジェンス・シリーズである。対象は、プロフェッショナル・パイロットとフライト・デパートメントの意思決定者。
APS はこの取り組みを明確にこう位置づけている ―
なぜいま「宣戦布告」なのか。APS の認識はこうだ ― 何十年にもわたるグローバルガイダンスにもかかわらず、LOC-I は依然として致命的事故の最大カテゴリーを支配し続けている。もはや「気づき(awareness)」の問題ではない。足りないのは、的を絞った予防と、圧力下で信頼できるパイロット・パフォーマンスだ、と。
シリーズが届けるもの
12 週間のシリーズは、規制の最低基準を超えた UPRT の評価と改善のための構造的アプローチを提供する。主な柱は四つ。
War on LOC-I ― 4つの柱
数字が語る ― 統合型 UPRT の実績
「War on LOC-I」が単なるスローガンではないことを裏付けるのは、すでに蓄積された独立した実績データである。
LOC-I 前兆イベントの減少率
(APS 方法論準拠の統合型 UPRT 導入後)
アップセット・リカバリー能力の向上率
(同プログラム導入後)
Delta Air Lines で LOC-I の前兆となるイベントが半減し、United Aviate Academy ではアップセットからの回復能力が4倍に向上した ― これらは、「あれば良い訓練」ではなく「無ければ減らせないリスク」を示す、動かぬ証拠だ。
そして重要なのは、これらの成果が シミュレーターだけでなく、実機訓練とアカデミック(座学)を統合した UPRT プログラムから生まれている点である。Vol.15 で論じた「橋」 ― 実機とシミュレーターをつなぐ統合型アプローチ ― が、すでに実証段階に入っていることを意味する。
UPRTA International ― 「統一回復戦略」という新しい潮流
APS が「実行の約束」を打ち出した同じ月、UPRTA International は四半期ウェビナーシリーズの開始を発表した。すべて無料。登録すれば、世界中のどこからでも参加できる。
2026年6月17日
2026年8月25日
2026年11月17日
特に注目すべきは、6月17日の Unified Upset Recovery Strategy(統一アップセット回復戦略) である。
現状、FAA(AC 120-111)、ICAO(Doc 10011)、IATA、そして各機体メーカー(OEM)が、それぞれ独自のアップセット回復ガイダンスを発行している。手順の優先順位や表現が微妙に異なることがあり、訓練プロバイダーやパイロットにとって「どのガイダンスに従うべきか」が曖昧になるケースがある。UPRTA はこれを一本化しようとしている。
そして8月には 認定基準(Accreditation Standard) が発表される。これは UPRT プロバイダーの「質」を可視化する仕組みであり、「UPRT を名乗るすべてのプログラムが本当に効果的か」という問いに、業界として初めて体系的に答える試みだ。
ひとりの人間が、二つの組織を動かしている
ここで立ち止まって、ひとつの事実を確認しておきたい。
APS の CEO として「War on LOC-I」を率いる人物と、UPRTA International の会長としてウェビナーシリーズを統括する人物は、同一人物である。Paul “BJ” Ransbury。
「訓練の実行者」としての APS と、「業界標準の策定者」としての UPRTA。この二つが連動して動いているという事実は、2026年の UPRT をめぐる風景を理解するうえで不可欠だ。
BJ Ransbury は UPRTA の発足に際し、こう述べている ―
航空業界は UPRT の規制基盤を築くうえで重要な進歩を遂げた。しかしその基準は「最低限の枠組み」にすぎない。次の段階は、UPRT プロバイダーの質、効果、実装基準を前進させ、パイロットの即応性を強化し、安全成果を世界規模で改善することだ。
「最低限の枠組み」 ― この言葉は重い。規制準拠(コンプライアンス)と、実効性(エフェクティブネス)は、別のものだ。UPRTA は、その差分を埋めようとしている。
そして、日本は ―
世界が「宣戦布告」を出し、統一戦略を策定し、認定基準を整え、プロバイダーの質を可視化しようとしている。
その同じ 2026 年、日本では ―
実機 UPRT 専用の訓練施設が、依然として存在しない。
Delta Air Lines が LOC-I 前兆イベントを半減させたプログラム、United Aviate Academy が回復能力を4倍にしたプログラム ― それらは、アカデミック(座学)、実機、シミュレーターを統合した「Integrated UPRT」から生まれている。
日本のエアラインが持っているのは、レベル D シミュレーターでの Upset Recovery シナリオ。それ自体は価値がある。しかし Vol.15 で論じた通り、シミュレーターには原理的な限界がある ― 負の G、持続 G、体性感覚錯覚、startle response。
統合型 UPRT の「統合」の片輪が、物理的に欠けている。
BJ Ransbury が「最低限の枠組み」と呼ぶ規制基盤すら、日本の実機 UPRT に関しては、まだ出発点にも立てていない。世界が「次のフェーズ」に移行しているそのとき、日本は「最初のフェーズ」を始められずにいる。
このギャップは、時間が経つほど広がる。
結論 ― 「宣戦布告」の意味
APS の「War on LOC-I」は、啓発ではない。
UPRTA のウェビナーシリーズは、情報提供ではない。
どちらも、「もう待てない」という宣言である。
UPRT は『あれば良い訓練』ではない。」
LOC-I は、世界の商業航空における致命的事故の約40%を占める。
その数字は、何十年も、動いていない。
だから世界は「宣戦布告」した。
日本は、いつ宣戦布告するのか。
UPRT JAPAN は、その答えを準備している。
6月17日の UPRTA ウェビナー「Unified Upset Recovery Strategy」は、無料で誰でも参加できる。世界の UPRT がいま何を議論しているのか、その最前線を自分の目で確かめてほしい。
登録は UPRTA.org から。
空の安全は、誰かが変えてくれるものではない。
自分たちで、変えるものだ。
参考資料・出典
- › APS “War on LOC-I” プレスリリース(2026年5月5日)
APS Declares War on Loss of Control In-flightAPS has launched War on LOC-I, a 12-week intelligence series addressing Loss of Control In-flight (LOC-I)—the leading ca... - › UPRTA International ウェビナーシリーズ発表 ― General Aviation News(2026年5月14日)
Just a moment... - › UPRTA International ウェビナーシリーズ発表 ― GlobalAir.com(2026年5月12日)
Just a moment... - › UPRTA International 公式サイト ― イベント・ウェビナー登録
UPRTA | Upset Prevention & Recovery Training AssociationUPRTA Drives Upset Training Excellence in Aviation to Save Lives Globally. Our mission is to develop, establish, influen... - › APS 公式サイト ― Upset Prevention & Recovery Training
APS | Upset Prevention & Recovery Training (UPRT)APS Upset Prevention and Recovery Training (UPRT) equips professional pilots with the time-critical skills to solve life... - › BJ Ransbury LinkedIn ― War on LOC-I シリーズ配信元
Paul Ransbury, MBA, BSc RMC, MCFI - Aviation Performance Solutions LLC | LinkedInAre you a pilot? Master aviation's #1 fatal threat in just three days:… · Experience: Aviation Performance Solutions... - › ICAO LOC-I Programme ― Loss of Control In-Flight ポータル
Loss of Control In-Flight (LOC-I)Page ContentIn an ultra-safe industry, the loss of control in-flight (LOC-I) type of accidents may be rare but on averag... - › ICAO Doc 10011 ― Manual on Aeroplane Upset Prevention and Recovery Training
- › FAA AC 120-111 ― Upset Prevention and Recovery Training
FAA Advisory Circular(PDF) - › Boeing CAST データ ― LOC-I は世界の商業航空致命的事故の約40%を占める(Statistical Summary of Commercial Jet Airplane Accidents)
- › 遙かなる大空 Vol.15 ―「シミュレーターと実機の、あいだに架かる橋」(2026年6月5日)






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